第6話 夫との交渉
「ディゴール様、私が自らの素性を明かせば、あなたも明かしてくれるのですか?」
「ほう……」
私は、ディゴール様に交渉を持ちかけてみることにした。
彼の正体というものは、できることならば知っておきたいものだ。それはこれからのダナート伯爵家のために必要なことである。
逆に私の素性というものは、別段知られても問題はない。私が私であることは変わらないのだから。
「俺と交渉をしようとは、大したものだな。レスリア、やはりお前は普通の人間とは違うといえる」
「いいえ、私はただの人間ですよ。それで、どうなんです?」
「交換条件というならば、飲んでやっても構わない。しかし、お前は俺のことを信用できるのか? お前が素性を明かした瞬間、俺は手の平を返すかもしれない」
ディゴール様は、いつも通りに不敵な笑みを浮かべていた。それはある種の揺さぶりということなのだろう。
確かに彼が、約束を守ってくれるのかはわからない。私が正体を告げて、それで終わりということもあり得るのだろうか。
「……ディゴール様、私はあなたのことを信用していません」
「……それは、当然のことだといえるな。俺を信用できる要素など、ありはしないのだから」
「しかし、同時にあなたが信頼できる人だとも考えているのです。私や使用人に対して、あなた誠実です。本物のディゴール様とは違って……」
「ふむ……」
私は、ディゴール様の目を見ていた。
彼のその赤い瞳は、どちらかといえば悪辣な印象を受けるものだ。
しかし、このディゴール様の今までの振る舞いは、立派な家の当主のものであった。本物のディゴール様よりも、彼は伯爵らしいといえる。
「それが俺の本質だと、そう言えるのか? 俺はただ、真っ当な貴族の振りをしているだけだとしたら、どうだ?」
「あなたが真っ当な貴族であろうとしているというならば、私との約束を無下にすることはないのではありませんか?」
「なるほど……」
ディゴール様の言葉の真意というものは、まったくわからない。
しかし、彼はやはり約束を守るだろう。今のやり取りからも、そう思うことができる。
彼は律儀だ。言う必要がなかったことまで、言っている。それがただ、私を揺さぶるためだけのものだとは思えない。
「……私には、前世の記憶というものがあるのです。この世界とは、別の世界で暮らしていました」
「前世の記憶だと?」
「信じられませんかね? まあ、それも当然のことだとは思います。しかし、これは事実です。私は日本という国で暮らしていました」
「……」
私は、自身の事情をディゴール様に打ち明けた。
彼はそれを聞いて、目を丸めている。どうやら、まったく予想外のものであったようだ。
信じられない、というような顔をしている。彼がそのように動揺するのは、これが初めてだといえるだろう。
「……あり得ないということもないか」
「……信じていただけるのですか?」
「ああ、まあ、少しだけ驚いたものではあるが、そうだな。俺も、そう変わらないものだといえるか。別の世界という点で言うならばな」
「それは……」
ディゴール様は、少し自嘲気味に笑みを浮かべていた。
彼は、先の動揺を恥じているのだろう。いつも余裕そうな態度をしていたこともあって、少々ばつが悪そうだ。
ただ、そんな彼の言葉は気になる所である。彼もまた、転生者であるというのだろうか。
「ディゴール様、あなたは一体……」
「悪魔、と言ったらお前は信じるか?」
「悪魔?」
「ディゴール・ダナートは、悪魔を召喚したのだ。俺という存在をな……」
「……」
ディゴール様は、今度はまたいつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。
口の端を吊り上げて笑う彼のその表情は、確かに今言った通りの悪魔のようにも見える。
しかし、すぐに飲み込めるものではない。こちらの世界でも、悪魔が実在するなんてことは、聞いたことがないからだ。
とはいえ、あり得ない話でもないように思える。私のような転生者がいるのだ。悪魔なども、存在しているのかもしれない。
だが、そうなると、疑問も湧いてくるものだ。一体、本物ディゴール様は何のために、悪魔を呼び出したというのだろうか。




