第5話 探り合って
私は夫の正体を探るため、彼の寝室に来ていた。
ディゴール様は現在、出掛けている。先程、領地の様子を見ておきたいと言い出したのだ。
それは私にとっては、渡りに船であった。彼が出掛けている間に、その正体に繋がるものを掴みたいものだ。
「……ここがディゴール様の寝室」
ディゴール様の寝室には、今まで入ったことはなかった。
彼はこの部屋に、あまり人を入れたがらないらしい。使用人であっても、彼の許可がなければ立ち入ることはできないようだ。
それから、ある棚には決して触れないようにと、使用人達に言っていたらしい。私はその棚の前まで来ていた。
「手掛かりがあるとしたら、やっぱりここか」
触れないように言っているということは、何かあるということなのだろう。調べてみる価値は、あるように思える。
ただ、それは入れ替わる前の夫の隠し事だ。今の彼に繋がるのかは、わからない。
「まあ、どの道調べることだし……」
私は、棚に手を伸ばして素早く開けた。
ディゴール様がいつ帰って来るのかわからない以上、時間は限られているといえる。躊躇っている場合ではない。
そう思って棚の中を確認した私は、奇妙なものを見つける。それは布であった、カーペットの類だろうか。
「これは……」
手に取って広げてみると、それには奇妙な模様が描かれていた。
端的に言ってしまえば、これは魔法陣のようなものに思える。そしてそこには、赤茶色い染みが残されていた。
「……」
気味が悪いものだった。その染みは一体、何なのだろうか。
あまり想像したくはないものだが、血の染みかもしれない。魔法陣にそういったものとなると、何かしらの儀式を想像してしまう。
私は、棚をもう少しだけ覗いてみた。するとそこには、杖のようなものもある。まさかとは思うが、本当に何かしらの儀式でも行われていたというのだろうか。
「……少しいいだろうか?」
「え?」
私が色々と考えていると、背後から声が聞こえてきた。
それは、ディゴール様の声であった。ただその不敵な笑みが目に入り、彼が本物ではない方だと理解する。
ただ理解してから、どちらにしても良くない状況であると私は気付いた。彼のことを探っていることは、言うまでもないことだからだ。
「ディゴール様……」
「何か見つかったのか?」
「……はい?」
「俺のことを調べていたのだろう? 何かわかったのか?」
偽物のディゴール様は、いつも通りの不敵な笑みを浮かべて私に近づいてきた。
彼は、血の付いた魔法陣に目を向ける。ただ、特に表情を変えることはない。これは彼にとって、取りに足りないものだということだろうか。
「ほう、それを見つけていたのか。やるじゃないか」
「……ディゴール様は、これをご存知なのですか?」
「さて、どうだろうな?」
ディゴール様は、私を揺さぶって楽しんでいるようだった。
やはり、彼の笑みは底が知れない。彼が何を考えているのかということが、私にはあまりにも理解できない。
「ディゴール様、率直に聞かせていただけませんか? あなたは一体、何者なのです?」
「俺に直接聞く訳か?」
「……答えていただけないのでしょうか?」
私は、ディゴール様本人に質問をぶつけてみることにした。
結局の所、この魔法陣からわかることは多くない。それならいっそのこと、彼自身に投げかけてみる方が良いと思ったのだ。
もしかしたら、答えてくれるかもしれない。彼は紳士的だ。私の頼みを聞いてくれる可能性は、あるように思える。
「……それについては、俺の方が聞きたいくらいだがな」
「なんですって?」
「お前は一体、何者なのだ? お前の中に俺は、底知れないものを感じ取っている。俺と同類、ということもないのだろう?」
「……それは」
ディゴール様の言葉に、私は少しだけ汗を流すことになった。
彼は恐らく、私が別の世界からやって来たことについて触れているのだろう。それは今まで、誰にも言ったことがないことである。
言った所で、信じられないことだ。気が狂ったなど捉えられかねない。そう思って黙っていたことではあるのだが。
それを見抜かれたことなど、一度もない。私自身が隠していたことであるし、予測できる材料などなかったはずだ。
「ディゴール様、あなたは……」
「……」
私とディゴール様は、目を見合わせていた。
どうやら私達は、お互いに正体を計りかねているようだ。
それはなんとも、奇妙な話である。私達は一応、夫婦とされているというのに。




