第4話 朝食での接近
ディゴール様の人が変わってから、一晩が経った。
昨夜は色々と考えたものの、案外すんなりと眠ることはできていた。疲れていからだろうか、しっかりと寝て、体調は万全だ。
そんな私は、食堂へと向かっていた。朝食はもちろん、取らなければならない。一日の始まりのエネルギーは、実に重要だ。
「……ディゴール様?」
「む? レスリアか」
食堂の扉を開けた私の目には、夫の姿が入ってきた。
彼は既に、己の席に座っている。まるでいつも、そこに座っていたかのように。
「ディゴール様、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「それから、料理長も……」
「おはようございます、奥様……」
ディゴール様の隣には、このダナート伯爵家の厨房を取り仕切る料理長がいた。
老齢の彼は、メイド長よりも古株であるそうだ。しかし、何故彼がここにいるのだろうか。
「料理長、どうかされたのですか?」
「実は、ディゴール様に呼びつけられたのです」
「ディゴール様に?」
「昨晩は、こうして食堂で食事をすることはできなかっただろう? だが、執務室で食べたサンドウィッチはうまかった。そこで、シェフを賞賛していた所だ」
「なるほど……確かに、おいしかったです」
「ありがとうございます、奥様……」
料理長は、ディゴール様の言葉に少し困惑しているようだった。
彼はまだ、この夫が豹変したということを知らなかったのだろう。呼びつけられた時は、叱られるとさえ、思っていたのかもしれない。
しかし実際は、褒められていた訳である。料理長からすれば、理解が追い付いていないのかもしれない。
「まあ、レスリアも座れ。ともに食事をいただこうではないか」
「はい、そうさせてもらいます」
「料理長、わざわざすまなかったな。もう戻ってくれて構わない」
「いえ、お褒めいただき、ありがとうございました、旦那様……」
料理長は、ディゴール様と私にそれぞれ一礼してからその場を去っていった。
その足取りは、心なしか軽やかだ。彼のようなベテランであっても、賞賛の言葉は嬉しいものなのだろうか。
それを見ながら私は、いつもの自分の席に座ろうとする。ただ、そこに料理は並べられていなかった。
「レスリア、どこに行っている? お前の席はここだ」
「ディゴール様の隣、ですか?」
「妻であるお前が、夫である俺の隣に座るのは当たり前のことだろう?」
「……普通は、向かい合って座るものだと思いますが」
よく見てみると、ディゴール様の隣にパンやスープが並んでいた。
私は少しだけ不服に思いながらも、その前に座ることにする。
「……ディゴール様、どういうつもりですか?」
「何か不服か?」
「不服ということは、ありませんが、隣に座らせる意味がわかりません。私を侍らせている、ということでしょうか?」
「お前は俺の妻、だろう? 傍に置くことに、それ以上の意味が必要か?」
「それは……」
ディゴール様は、また不敵な笑みを浮かべていた。
やはり彼は、別人ということなのだろう。その笑みを見てみると、それがよくわかる。
「俺からすれば、むしろお前を傍に置かない意味というものを、理解しかねる」
「ディゴール様、何を……んっ」
ディゴール様は、私の体に手を回して、椅子ごと強引に引き寄せてきた。
冷たく甘い香木の匂いが、私を包む。それは私が知っている夫の匂いとは違う。
お酒や汗の嫌な匂いが、彼からはしない。少し鼓動が高まるような魅惑的な香りに、私は思わず固まってしまう。
「ふむ……」
「ひゃっ……」
次の瞬間、私は髪に触れられた。いや、触れられた所の話ではない。彼は私の首筋から髪にかけて、ゆっくりと鼻先を滑らせていた。
彼の吐息が、私の首元にかかり、少しくすぐったい。しかしそれ以上に、羞恥心に見舞われる。ディゴール様が私の匂いを嗅いでいることは、明らかだったからだ。
「ディゴール様、やめてください……」
「ふむ、なるほど、これがお前の匂いか。覚えておくとしよう」
「え? あの……」
ディゴール様は、私の髪から顔を離して、思案するような仕草を見せる。
これだけ大胆なことをしていたというのに、涼しい態度なものだ。私なんて、かなり動揺しているというのに。
「さて、食事の時間だ。今日はパンとスープか」
「……」
「どうかしたのか? 早く食べるぞ?」
「は、はい……」
ディゴール様は、まるで何事もなかったかのように、食事を始めようとしていた。
色々と思う所はあったものの、私はとりあえず頷く。あまりにも釈然としないものだが、蒸し返すのもばつが悪かった。
ただ、先程のやり取りでわかったことはある。やはり彼は、ディゴール様ではないということだ。
彼の匂いは、明らかに私の夫のものではない。近づいたことで、それがよくわかった。
しかしそれなら、彼は一体何者なのだろうか。調べる必要がある。彼という人の正体というものを。




