第7話 結ばれた契約
「悪魔……」
私は、目の前にいるディゴール様の姿を改めて見ていた。
彼は夫そのものである。こうして見れば見る程に、その姿というものは似通っている。
それは単に似ている、ということではない。彼は正しく、ディゴール様そのものだ。
「信じられることではないだろう。しかし、俺もまた事実を述べている。悪魔にしては、実に誠実なことにな」
「……確かに信じられることではありません。ただ、私の事情も滑稽無糖ではありますからね」
「なるほど、事情はお互いに似たようなものという訳か」
「あなたはディゴール様の姿に変身しているということですか?」
その似過ぎている見た目からして、私はある予測をしていた。
彼がディゴール様の姿に、変身しているのではないかという予測だ。
それに目の前にいる悪魔は、笑みを浮かべる。当たっている、ということだろうか。
「勘が鋭いな、流石だと言える。それも異世界から、転生してきたからということか?」
「それは、そこまで関係があることだとは思いませんが……」
ディゴール様は、私の言葉に拍手をしていた。
それはなんというか、煽りのようにも感じる。本当に賞賛してくれているのだろうか。
ともあれ、彼は楽しそうではあった。こういった対話は、望む所なのだろうか。
「俺は、ディゴールによって呼び出されたのだ。あることのためにな」
「あること、ですか? それは一体……」
「端的に言ってしまえば、身代わりというものだな。奴は街に繰り出し、遊ぶために俺を召喚したのだ」
「遊ぶため、ですか……」
悪魔の言葉に、私は頭を抱えることになった。
仮にも悪魔と呼ばれる存在を呼び出した理由が、遊ぶためというのはなんとも稚拙なものだ。
ただ悲しいことに、納得できてしまう。ディゴール様ならあり得ないことではない。
「どうしようもない奴だと、俺でも思ったものだ。お前の夫は、大した奴だといえる」
「……そう言われても、まったく嬉しくはありませんが」
「そうだろうな」
悪魔は、また不敵な笑みを浮かべていた。
ただ、彼も心なしか呆れているような気がする。悪魔にそう思われるとは、私の夫はある意味において流石といえる。
もちろん、まったく持って喜ばしいことではない。むしろ、悲しくなってくる。
「……しかし、あなたはあまり夫の演技が上手くありませんでしたね?」
「ディゴールに言われていたからな、当主として立派に務めるようにと。俺は契約を果たしているだけに過ぎない」
「当主として立派に……」
悪魔の言葉に、私は首を横に振ることになった。
入れ替わるにしても、もう少し自身に沿ったものにしようとは思わなかったのだろうか。
お陰で私も使用人達も、色々と困惑したものである。結果として、こうして正体も露見している訳だし。
「もう少し自分を省みてもらいたいものですがね……」
「まあ、そうなるか」
「でも、当主として立派に務めろと言われて、できるものなのですね?」
「それは、俺の才覚の賜物といった所か」
私の純粋な疑問に、悪魔は少し誇らしそうに答えてくれた。
つまり、当主としての振る舞いは彼自身が考えて、行っていたということか。
それはなんとも、すごいものである。彼はディゴール様よりもずっと、伯爵としての才覚があるといえるだろう。
「……あなたは、今後もそうして振る舞っていくつもりなのですか?」
「む? それは、どうだろうな。俺はあくまで、ディゴールとの契約を果たしているだけだ。奴が満足するまでが、期限ということになるか」
「……私と契約することは、可能なのでしょうか?」
「ほう?」
私は、悪魔にある取り引きを持ちかけてみることにした。
ディゴール様と契約を結んだというならば、私とも結べるのではなかろうか。何かしらのリスクはあるのかもしれないが、それでも持ち掛けてみる価値はあるように思える。
「俺は悪魔だぞ?」
「わかっています。しかし、あなたがダナート伯爵の地位にある方が、良いのではないかと私は考えてしまうのです」
「何?」
「ディゴール様は、あなたも知っているように、良い夫ではありません。良い当主でも、です。だから、できることならこのまま、あなたに居座っていただきたいのです」
「……」
私の言葉に、悪魔は目を丸めていた。
流石に、この取り引きというものは、彼にとっても予想外のものだったのだろうか。
しかし悪魔は、すぐに笑顔を浮かべる。いつも通りの不敵な笑みを。その笑顔は、今の私にとって、少し頼もしいものであった。




