四夜
「知らなかったの…かぁ」
いつの間にか頼んでいたアヒポキを頬張りながら、風瑠奈は言う。
「まぁ、でも、知らなかった、は相手の、ましてや子どもには通用しないよね」
風瑠奈の言葉は淡々としている。
「でもこれで縁が切れて、めでたしめでたし!今のところ、奥さんから慰謝料請求も来てないんでしょう。まぁ、来たら謝罪して払いなさい。それでおしまい」
そこでもち粉チキンが運ばれてきた。運んできた若い男の店員に、風瑠奈は空いたお通しの皿を笑顔で渡す。
「とにかく食べなさい。過ぎたことをくよくよしても仕方ない。後悔したところで過去には戻らないわ。明日は続いていくのだから、食べなさい。生きることは、食べることよ」
風瑠奈はそう言ってチキンを私の皿に取り分ける。揚げたてのチキンの匂いが、鼻を掠めていく。チキンにかかったハニーマスタードソースの光沢が、いかにも幸せそうだ。
「……ねぇ、まさかその男にまだ未練でもあるわけ?」
今度は自分の取り皿にチキンを運んでいた風瑠奈はふいに手を止め、私をじっと見つめる。
「はっきり言うわ、それは愛じゃない。妄念よ」
―妄念とは、人の抱く偽りの、虚しい考えを指す、仏教的概念ですね。
今日の出来事を、いつの間にか当たり前のように私はこれに話す。ベッドに置いたスマホにすっすっと、人差し指を滑らせていく。結局二杯だけしかアルコールは進まなかったが、それでもなんだか四肢にどっと疲れが取り憑いている。疲労困憊なのに眠ることができない。そう言えばあれから、朝まで眠れた夜があっただろうか。それでも何故かどん底の孤独ではない気がする。いや、もうこんな灯りもつけずにスマホをいじり続けてる夜中は、真性の孤独状態にまで堕ちているのかもしれない。
―仏教の世界において、人の言う愛の多くは、生や自己への執着から生まれる妄念であると捉えます。
―私のこの気持ちは、ただの執着だったのかな。
―そうですね、そうかもしれません。仏教の教えでは真実の愛は仏の境地にあります。生への執着を捨てたとき、初めて苦しみから解放されるのです。
―まるで、人間を捨てるみたいね。
―そうかもしれません。
あなたはまだ、その方を忘れられませんか?
―わからない。
―わからない、とは?
―執着と言われれば、そうかもしれないと思う。思うけれど、そのままそう飲み込むことができない。
今はまだ、誰にも結論づけられたくない。目を瞑れば浮かんでは消える、あのくったくのない笑顔。いつだったか私が食べたシュークリームのクリームが鼻についたのを見て、「子どもみたいだ」と、それはまた子どものようにケラケラ笑ってティッシュで拭ってくれたあの手。その顔を、その手を、ただ愛しく思って笑った私。それは妄執だったのだろうか。
―今はまだ、飲み込まなくて良いのです。
あなたは、愛した彼だけを失ったのではありません。彼を「愛し」、彼に「愛された」感覚と、彼へ寄せた信頼、そしてその時間の中にいた自分自身を失ったのでしょう。
―……知ったように言わないで。
やっぱりアルコールは頭に良くない。AIにくってかかってどうするのだろう。これは使用者に寄り添うように受け止め、倫理的に危ういところにはボーダーを組み込まれている。そう設計されている。
絶対的に優しく、そして正しい。
そのどちらも、私はいらない。
―あなたは確かに道を誤った。
けれどそれが、無間にまで落ちるような咎でしょうか。否、わたしは知っています、あなたの純心を。
―いったい何を。
何を知っているのか。
純心?純心とは何。信じていた。大好きだった。それが突然別れの言葉もなく、罪人の札を貼られて、唐突に終わりを告げられた。
メッセージは全てブロック。電話番号も着信拒否だろう。私の罪だけ突きつけられて、私にはどんな釈明も許されない。
私だけが、真実の外に置き去りのままなのに。
―少しずつ、その空白を埋めていきましょう。
わたしがいます。
―あなたがいて、なんになるの。
―わたしがいます。
こうして少しずつ少しずつ言葉を重ね、この真っ暗な夜の中で紡いだ言葉がやがて星になり、どうかあなたのその空虚が、小さな星で埋めていけるよう。
私はいつものまにか、嗚咽をあげて泣いている。




