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第14話 便利な力は狙われる

ロガへ戻る道は、行きより長く感じた。


緋角蜥蜴の角は取れた。


赤竜の牙も散った。


カピバラに似た獣も逃げた。


結果だけ見れば、上出来だ。


けれど俺は、鉄パイプを杖にして歩きながら、何度も息を詰まらせていた。


炎に焼かれて死ぬ未来。


あの感覚が、まだ肺の奥に残っている。


皮膚が爛れて、目が開かなくなって、音が消える。


本当には死んでいない。


なのに、身体は覚えていた。


「……っ」


足がもつれた。


アイシャが慌てて支えてくれる。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫……たぶん」


「たぶんは大丈夫じゃないです」


前を歩いていたゲラルトが振り返った。


「今日はここで休む」


大きな岩が横たわっている脇で、野宿の準備を始めた。


と言っても俺が出来る事は薪を拾うぐらいだ。


アイシャがテキパキと薪に火をつけ食事を作る。


夕食を食べながら、ゲラルトが言った


「小僧、読みすぎだ」


「読みすぎ?」


「術の流れだの、死ぬ道筋だのを見すぎてる。頭が焼けるぞ」


そう言われて、俺は腹を押さえた。


腹の奥の核が、さっきから重い。


カピもやけに静かだった。


横にはいる。


でも、輪郭が少し薄い気がする。


「カピも疲れるのか?」


『余力を戻しています』


返事はそれだけだった。


いつもの嫌味がない。


それが逆に不気味だった。


ゲラルトが鼻を鳴らす。


「便利なもんには、だいたい代金がいる」


「代金……」


「術師も同じだ。血で淡い線を引く。声で空の力を震わせる。便利そうに見えるだろ」


「はい」


「だが、血の中の導きが減る。使いすぎると血が薄くなる」


アイシャが、自分の指先を見た。


何度も切った跡がある。


「血が薄くなると、頭が痛くなります。目の奥がちかちかして、音が遠くなって……ひどい人は、変なものが見えるって」


「変なもの」


俺はカピを見た。こいつがただの俺の妄想の可能性は…


カピは黙っている。


「カピは、、別だよな、、」


「別なんですか?」


「別だと思いたい」


ゲラルトが続ける。


「術師は血を使い切ると、空の力に頭を直接撫でられる。そうなりゃ狂う。下手すりゃ死ぬ。だから術は撃ち放題じゃねえ」


「・・・そうなんですね。王国は魔法の国なんですよね?」


「便利だからな。火をつける。水を出す。壁を固める。魔獣を焼く。術師はどこでも欲しがられる」


ゲラルトの声が少し冷えた。


「欲しがられすぎる。本人の血がどれだけ薄くなろうが、使わせる奴は使わせる」


アイシャが黙った。


たぶん、ロガでもそういう話はあるのかもしれない。


血を使えば動く便利な力。


それを人間がどう扱うか。


日本でも、便利な人間は便利に使われる。


人権の意識などが社会システムに組み込まれている日本でも、理不尽な事件は起きるのに、


元の世界よりおそらく低い文明レベルで、元の世界より人間自身が便利な力を持っていたらどうなるのか。


「魔剣は違うんですか?」


俺はゲラルトの背中の大剣を見た。


緋角蜥蜴の血を浴びた刃は、布で拭われてもまだ赤黒い。


「魔剣は、鉄の中にあらかじめ道を打ち込む」


ゲラルトは言った。


「だから速い。術師みたいに、その場で淡い線を引く必要がねえ。柄を握って、力を通して、振ればいい」


「じゃあ魔剣の方が強いんじゃ」


「馬鹿言え」


即答だった。


「鉄に道を閉じ込めるのは、空に線を引くよりずっと効率が悪い。五回まともに使える剣を作るのに、同じ威力の術を百発撃つくらいの力と素材が要る」


「百発……」


「しかも使えば道が崩れる。鉄の中に無理やり押し込めた流れは、放っておいても散りたがる。振れば振るほど歪む。最後はただの重い鉄だ」


俺は自分の鉄パイプを見た。


失敗作の芯材。


何度も命を救ってくれたもの。


「こいつも?」


「当然だ」


ゲラルトはちらりと見た。


「昨日と今日で、だいぶ道が欠けてる。次に同じことをすりゃ、罠を起こす前にお前の手元で割れるかもな」


「えっ」


言われてみれば、黒い鉄の表面に、髪の毛ほどの細い亀裂がいくつも走っている。

俺は思わず鉄パイプを遠ざけた。


「先に言ってくださいよ」


「今言った」


「遅い」


「生きてるんだから問題ねえ」


この人、本当に雑だ。


けれど、その雑さに少し安心してしまう自分もいた。


ゲラルトは大剣の柄を軽く叩いた。


「王都の連中は魔剣を珍しがりはするが、ありがたがりはしねえ。効率が悪い。高い。すぐ傷む。扱うには腕が要る。だったら術師を後ろに並べて撃たせた方がいい、って考える」


「でも、術を引く時間がない時は」


「そうだ」


ゲラルトの声が低くなった。


「術を描く一息の間に、前にいる奴は死ぬ。その一息を嫌って、俺は鉄を打ってる」


その言葉だけは、妙に重かった。


アイシャも黙っていた。



日本で野宿なんてした事なかったが、行きでも経験したので、今日は少しだけ安心して眠れるかもしれない。


大岩を背にして、俺とアイシャが寝転がっている。


ゲラルトは少し離れた小岩に寄りかかり、寝ている。


カピは突っ立ってボーとしている。


この世界の星空は元の世界とは違う。


見知った星座はひとつもない。


月のような星はあるが、元の世界と比べて小さいようだ。


壮大な星空が広がっているが、感動より寂しさが募る。


「眠れないんですか?」


横で眠るアイシャが話しかけてくる。


「ちょっとまだ野宿に慣れなくて」


「無理にでも寝てください。傷も治りませんし」


「心配ばかりかけてごめんね。それに二年も狂った俺の面倒見てくれて」


「『ごめん』より『ありがとう』がいいな」


思わず言葉に詰まる。


「あなたと、、ミナトさんとこうして言葉を交わせる日が来るなんて思ってませんでした」


それはそうかもしれない。最初に狂ってない状態で会ったなら、治る日を想像出来るかもしれないが、


最初から狂った奴の世話をして、治る未来は想像出来まい。


「最初から最後まで嫌でした。泥ばっか食べて、食事の世話から、下の世話まで」


・・・返す言葉も無い。


下の世話と言う事は俺の全身見られてる訳で、改めて考えると顔から火が出るほど恥ずかしかった。

と同時に、同じ年頃の少女にそこまでの苦労を強いてしまった自分の不甲斐なさに、胸が締め付けられた。


「でも今、あなたが立って歩いて、食べて、喋って、それだけでなんだか私嬉しいんです。


以前の事は知りませんが、この世界であなたの事は誰より私が知っています。」


「アイシャ、ほんとうにありがとう。これからもよろしくね」


「絶対に死なないでくださいね」


「うん、頑張るよ ……次は俺が、絶対アイシャを守るから」


何はともあれこの世界で生きる力をつけなければと思いながら、荒野の夜は過ぎた。




ロガの柵が見えたのは、翌日の夕方になっていた。


門番がこちらを見て、目を丸くする。


「戻ったのか……って、それ」


ゲラルトが担いでいる布包みから、緋色の角の先が覗いていた。


門番の顔色が変わる。


「緋角蜥蜴の角か!」


「騒ぐな。血の匂いが残ってる」


「いや、でも……」


門の内側にいた何人かがこちらを見る。


視線が集まる。


俺にも向く。


泥食い。


そう呼ばれる前に、誰かが呟いた。


「本当に狩ってきたのか」


「ゲラルトが?」


「いや、あの泥食いも一緒だったぞ」


「歩いて帰ってきた……」


いつもの恐れとは少し違った。


まだ気味悪がられている。


けれど、その中に別の色が混じっている。


驚き。


ほんの少しの、評価。


パドの言葉を思い出した。


役に立つと分かれば手のひらを返す。


それはそれで嫌だ。


でも、泥を投げられるよりは、少しましだった。


「見るな。散れ」


ゲラルトが一喝すると、村人たちは慌てて視線を逸らした。


工房へ戻ると、俺はほとんど倒れ込むように椅子へ座った。


アイシャがすぐに薬草を煎じ、傷の手当てをしてくれる。


脇腹を洗い直されて、また変な声が出た。


「何回痛い目に遭うんですか、ミナトさんは」


「好きで遭ってるわけじゃないです」


「沼に入ったのは自分です」


「はい……」


ゲラルトは緋角蜥蜴の角を作業台に置いた。


布を解く。


赤い角が、炉の火を受けて鈍く光る。


近くにいるだけで、腹の奥がじんわり熱くなった。


「上物だ」


ゲラルトはもう一度言った。


本当に嬉しそうだった。


「これで剣が作れるんですか」


「作れる。新しい道も試せる。火の通りがいい」


「火かき棒も直せますか?」


「・・・余った半端で少しなんとかしてみるか」


「本当ですか」


「少しは、だ」


「十分です」


俺は鉄パイプを見た。


ただの失敗作。


でも、今の俺には杖であり、盾であり、命綱だった。


ゲラルトはそんな俺を見て、少しだけ呆れた顔をした。


「失敗作にそこまで愛着を持つ奴も珍しい」


「何度も助けられたので」


「道具に礼を言う暇があるなら、自分の足を鍛えろ」


「はい」


正論だった。


その夜。


飯を食べ終わる頃には、体の力が抜けていた。


粥と干し肉の残り。


マーサさんの焼き菓子も、少しだけ残っていた。


甘かった。


疲れた体に染みた。


カピは工房の隅に立っている。


輪郭は朝より薄い。


けれど、ちゃんとそこにいる。


「カピ」


『何ですか』


「元気か?」


少し沈黙。


『元気ではありせません、就寝して体力回復をおすすめします』


「はいはい」


それきり、カピは黙った。


俺も黙って、火の揺れを見ていた。


俺とゲラルトの寝台は工房の中にある。


アイシャは隣の小部屋だ。


どうやら二年間、夜はゲラルトが俺の面倒をみていてくれたようだ。


瞼が重い。


今寝たら、また炎で死ぬ夢を見るかもしれない。


日本の夢を見るかもしれない。


母さんの夢を見るかもしれない。


それでも、眠らないと明日動けない。


ゲラルトが作業台の上で骨笛を並べていた。


獅子、魚、羊。


赤竜の牙が残した罠の道具。


「売るんじゃないんですか」


「売る前に調べる」


「好きですね」


「知らねえ道具は、知らねえまま売るな。自分の首を絞める」


そう言って、ゲラルトはふと俺を見た。


「お前もだ、ミナト」


「俺?」


「腹の石も、見えねえ獣も、死ぬ道筋も、知らねえまま使えばいつか喰われる。便利だからって気を抜くな」


「はい」


「そいつが万全でも、外す時は外すかもしれねえ。罠も術も魔獣も、人間も、全部ずれる。最後は自分で見ろ」


カピは何も言わなかった。


反論しないということは、たぶんそうなのだろう。


「覚えておきます」


俺は頷いた。


何にせよ、体調を万全にして、もっと色々な事を知らなければいけない。


魔法の事も、魔剣の事も、カピの事も。


この世界で生き残るために。


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