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第11話 魔獣を罠で狩る方法

『……類似個体を確認』


カピの声が、低く沈んだ。


いつもの嫌味な調子じゃない。


もっと硬い。


刃物で石を引っかいたみたいな声だった。


開けた場所の中央で、カピバラに似た大きな獣が縛られている。


丸い体。


短い脚。


濡れたような毛。


いや、俺の横に立っている棒立ちカピにも、少し似ている。


穏やかそうな黒い目が、痛みで潤んでいた。


「こいつ、まだ鳴かねえぞ」


赤竜の牙の一人が、獣の脇腹を蹴った。


獣は低く呻いた。


暴れない。


噛みつきもしない。


ただ、痛みから逃げるように体を丸めるだけだった。


「もっと傷を開けろ。緋角蜥蜴は熱と血の匂いに寄る」


別の男が笑った。


「このぬるい獣の脂が一番効くんだとよ。村の猟師が言ってた」


「生き餌か」


ゲラルトが、茂みの陰で小さく呟いた。


その声は冷えていた。


「……」


アイシャは顔を眉をひそめていた。


「師匠……」


「動くな」


ゲラルトは短く言った。


「周りを見ろ」


俺は息を殺して、開けた場所を見た。


最初は男たちと獣しか見えなかった。


でも、目が慣れると、違和感が見えてくる。


木の枝に吊るされた小さな骨片。


地面に半分埋められた鉄皿。


草の陰に張られた細い縄。


そして、いくつかの木の幹に刻まれた血の跡。


血そのものが浮いているわけじゃない。


けれど、幹の周りには薄く淡い筋が残っている。


森の空気の中に、かすかな輪が編まれているみたいだった。


俺の腹が、じわりと痛む。


「罠……ですか」


「たぶんな」


ゲラルトは目を細めた。


「音に反応する類だ。骨片を鳴らすと、。どこに飛ぶかは分からんが、ろくなもんじゃねえ」


音。


俺は息を呑んだ。


男たちは大声で喋っているようで、一定の場所から動かない。


足元の草を踏む位置も決まっている。


自分たちの罠の場所を避けているんだ。


「どうします?」


アイシャが小声で聞いた。


「俺達は緋角蜥蜴を捕まえに来ただけだ。別に今あいつらと争うつもりはねえ」


獣がまた蹴られた。


低い呻き声。


カピの輪郭が、かすかにぶれた。


俺は思わず小さく言った。


「弱ってますね」


助けようなんて、微塵も思っていない。


ただ、目を逸らせないだけだ。


獣がまた小さく呻いた。


森の奥、獣の血と脂の匂いが流れていった方角で、地面が低く唸った。


「……来た」


ゲラルトの声が変わった。


野盗たちも気づいたらしい。


一人が槍を構え直す。


「緋角蜥蜴だ! 餌が効いたぞ!」


木々の隙間から、赤い影が滑るように現れた。


トカゲというより、鎧を着た獣に近かった。


背に並ぶ棘のような角が、内側から熱を持って赤く光っている。


開いた口の奥で、炎の粒がちらついていた。


「かかれ!」


野盗たちが一斉に動く。


槍。


縄。


火矢。


どうやら魔法使いはいないらしい。


緋角蜥蜴は獣の匂いに誘われて出てきたはずが、目の前にいる人間の群れの方に苛立っている。


尾が薙がれ、男の一人が吹き飛んだ。


悲鳴。


怒号。


俺は火掻き棒を握ったまま、開けた場所を見ていた。


緋角蜥蜴の尾が、また誰かを薙ぎ払う。


野盗の陣形が完全に崩れた。


野盗の一人が、腰回りに十本ほどぶら下げていた、白い縦笛のようなものひっつかんた。



骨を削って作られたらしい、細くいびつな笛だった。


男がそれを吹いた。


音は、ホイッスルよりかなり低く響くような音だった。


瞬間、俺の胸の奥がひどく反応した。


鉄皿の一つが淡く光り、次の瞬間、地面から白い棘が何十本も突き出した。


蜥蜴の脚に突き刺さる。


「ギャアアッ」


蜥蜴が悲鳴を上げ、大きく体をよじった。


「今の……」


俺は息を呑んだ。


「魔道具だな。音を送って離れた罠を起こしてやがる」


ゲラルトが、短く言った。


「今なら、角だけ頂ける」


「え、行くんですか」


「行く。的が向こうを向いてる隙に、横から一撃だ」


「野盗は」


「巻き込まれて死ぬなら、それはあいつらの運だ」


ひどい理屈だった。


でも、ゲラルトはもう茂みから飛び出していた。


「アイシャ、伏せてろ。小僧も動くな」


言われなくても動けない。


「くそ、次だ、蜥蜴の頭を狙え!」


男が別の笛を吹くと、頭付近の地面が爆ぜて白い棘が飛び出したが、緋角蜥蜴は身をよじってこれを回避。


おそらく笛によって音色が違い、離れた場所から、狙った罠だけを起こせる。


俺はまたも胸苦しさに襲われたが、目はそらさないよう気を付ける。


「どりゃあああ」


ゲラルトがトカゲに切りかかる


トカゲは尻尾を振り回してゲラルトをけん制しつつ、先ほど飛び出した棘が盾になるよう周りこむ。


「うお、何だ!」


野盗が混乱している


『……猿の記憶、二本の笛の形状、アンテナ入力、罠のエーテル回路から近似計算中……』


カピが何か言っているがそれどころじゃない。


状況が見えてきたらしい野盗が叫ぶ


「おい!ありゃゲラルトだ、やらせるな」


笛を持った男が三本目の笛を手に取る。


瞬間、カピが俺の前に一歩踏み出し


『第五音階の笛の確率高。おそらく標的は蜥蜴ではなく、その手前の土壌です。起動すれば広範囲の衝撃波が発生し、お前たちにも余波が来ます』


「えっ、俺たちにも!?」


咄嗟に俺は声を上げてしまった。


ゲラルトはすでに蜥蜴の側面に肉薄し、大剣で切りかかろうとしている。もしあそこで衝撃波の罠が発動すれば、ゲラルトも巻き込まれる。


「ゲラルトさん、戻れ! 足元が爆発する!」


俺の叫び声に、ゲラルトの身体がピタリと止まり、凄まじい脚力で真横へと跳んだ。


直後、野盗が笛を吹き鳴らす。


――ズゴォォォン!!!


ゲラルトがいた周辺の地面が猛烈な勢いで爆ぜ、土砂と衝撃波が周囲の木々をなぎ倒した。


もしそのまま突っ込んでいたら、ゲラルトといえど無傷では済まなかったはずだ。


「チッ、どこのどいつだ邪魔しやがって!」


俺達は地面に伏せていたが。こちらを見た野盗と目が合った。


だが、爆風で視界が遮られた隙を見逃すほど、ゲラルトは甘くなかった。


「小僧、よく見た」


低く短い声と共に、ゲラルトの大剣が横一線に奔った。


爆煙を切り裂きながら放たれた一撃は、笛を持っていた男の胴体を容赦なく真横から叩き割る。


男は声も残せず吹き飛んだ。


「ちきしょう! 鉄馬鹿が!」


残った野盗たちが動揺し、完全に統率を失った。


そこへ、罠の衝撃波で激昂した緋角蜥蜴が襲いかかる。


蜥蜴の口から激しい火炎が吹き出され、野盗たちを次々と巻き込んでいった。


戦場は一瞬にして地獄絵図と化す。


俺は茂みに身を潜めながら、ハァハァと荒い息を吐いた。


「おい、カピ……お前、なんで罠の種類まで分かったんだよ」


横を見ると、カピは相変わらず二本足で棒立ちしていた。


しかし、そのつぶらな目は、野盗たちに蹴られて怯えていた「カピバラに似た獣」をじっと見つめている。


『……あの類似個体は、過去の記録における「良き隣人」の特徴を有しています。野盗猿からも蜥蜴からも遠ざけるべきです』


「……あいつを守りたかったのか?」


ゲラルト、緋角蜥蜴、野盗がそれぞれ入り乱れ、戦場は混乱している。


片隅でカピバラに似た囮の獣は捨て置かれている。


しかし、このままだと緋角蜥蜴が吐いた炎に巻き込まれそうだ。


沼地から周りこめば俺でも救出は出来そうだ。


しかし足元の悪い沼で野党に気づかれれば、あえなくジ・エンドだろう。


「アイシャ、おかしいと思うかもしれないけど、俺はあの獣を救出してくる」


「なんで!今!?」


「うまく言えないんだけどそうするべきだと思ったんだ」


「……好きにしてください。師匠はあんな奴らに絶対負けません。」


そろそろと沼まで移動した俺は腰までつかり沼を移動した。


鉄パイプの杖がないと足を取られそうだ。さすが鉄パイプさんだ。


広場では三すくみの戦いが続いている。


獣のところまで半分ほど移動した時、最後尾にいた野盗がふいにこちらを見て叫んだ。


「後ろから一人くるぞ!挟み撃ちにされる!」


その声に、他の野盗が二人、こちらに向かってきた。


一端、沼から上がろうかと淵に手をかけるが、上がった瞬間切られそうだ。


かといって沼の奥に逃げても、なまった体で逃げ切れるかはわからない。


沼の中で鉄パイプで応戦するか。最も悪手な気がする。


あたふたと迷っていると、カピが


『火搔き棒を使うんです』


といった。


「これで戦えっていうのかよ!」


『違います、あと拳1個分沼に突き刺してください』


「?」


戸惑いつつもままよと言われた通り突き刺す。


野盗二人はこちらに迫ってきている。


『吹いて!』


ここでようやく意図を理解した俺は、鉄パイプの上端を横から吹いた。


フォー


鉄パイプから音がし、薄く発光する。


ドンッッ


走ってくる野盗の背後で地面が爆ぜ、盛大に野盗が吹き飛ばされる。


ペットボトルの口を横から吹くとボーと音が鳴るが、ようは鉄パイプを即席の罠起動スイッチにしたのだ。


発動する罠には対応する音があると思うが、カピはなぜそこまでわかっていたのか。


しかし、今はひとまず沼から上がり、野盗を警戒する。


俺が沼から上がる間、どこから現れたのか、アイシャがハンマーで倒れた野盗の二人の頭を殴打していた。


「アイシャ、ついてきてくれたのか」


「二年もお世話したんですよ、勝手に死なないでください!」


爆発の煙がもうもうと立ち込める間に、処置を終えたアイシャと俺は獣に走り寄り、


枷を解除した。


獣はボーとこちらを見た後、トテトテと森の方に駆けていった。



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