第1章 宿命の胎動
【泥と血の祝祭】
昭和18年、6月。
日本中が戦火の影に覆われ、配給の乏しさに喘いでいた頃。信州の山間に位置するその村だけは、むせ返るような緑と、湿った土の匂いに満ちていた。
伊崎治郎蔵は、ぎらつく太陽の下、自らの領土となった広大な田畑を見渡していた。
かつて、小学校へ通うことすら叶わず、泥にまみれて奉公に出された幼き日の自分。
その飢えが、彼を狂気的なまでの勤勉さへと駆り立てた。
一度目の結婚は、名もなき貧農の息子という「血」を理由に、理不尽に引き裂かれた。
その時、腕から奪われかけた長女・かをりを抱きしめ、彼は「力」を持つことを誓ったのだ。
今や彼は、村でも指折りの田畑を所有する地主へと成り上がっていた。
その治郎蔵が、二度目の妻として迎えたのが智代である。
智代は、近隣でも知らぬ者のない元庄屋「なかくら」の娘であった。
八十もの部屋を誇った屋敷の記憶は、智代の柔らかな物腰や、農作業には不向きな白い指先に辛うじて残っていた。
しかし、実家はすでに没落。
一度目の嫁ぎ先では「金銭管理もできぬ役立たず」と謗りを受け、幼い娘・八千代を連れて離縁されていた。
「なかくら」の格式を欲した治郎蔵と、生きるための盾を欲した智代。
二人の連れ子である、かをりと八千代。
血の繋がらぬ姉たちが交錯する家の中で、新しい命の連鎖が始まった。
智代との間に最初に授かった娘は、一歳を待たずして、儚い陽炎のように病で消えた。
失意の後に生まれた長男・政夫。
その一年後に続いた次男・隆夫。
ようやく家系に「跡取り」という光が差し、戦時下の緊張が極限に達しようとしていたその翌年。
昭和18年6月6日。
二人の兄の騒がしい産声の余韻が残る屋敷の片隅で、千夜子は産声を上げた。
初夏の風が、治郎蔵が苦労して手に入れた田んぼの苗を揺らしていた。
産湯を浸かわせる智代の指先は、相変わらず農婦のそれとは程遠く、頼りなげに震えていた。
没落した庄屋の気高い血と、無学な父が泥の中から掴み取った執念。
その相容れない二つの旋律が重なり合う場所で、千夜子の長い旅路が始まったのである。
【不発の銃声と、平等の萌芽】
昭和20年8月初め。
千夜子が二つになったばかりの頃、家に「赤紙」が届いた。
成り上がりの地主として村に君臨していた治郎蔵の手にも、例外なく召集令状が握らされたのである。
軍服が支給され、水筒が配られ、出征の覚悟を決めるための重苦しい時間が家を支配した。
智代は幼い千夜子を抱きながら、絶望に近い静寂の中にいた。
もし、この働き者の夫を失えば、どうなることか。
生活能力を欠く自分と五人の子供たち(かをり、八千代、政夫、隆夫、千夜子)は、たちまち飢えの底へ叩き落とされる。
しかし、運命の時計の針は、土際で止まった。
いよいよ戦地へ赴くというその直前、8月15日を迎えたのである。
治郎蔵が戦地に赴くことはなかった。
【玉音放送の真実】
村の広場に据えられたラジオから、雑音混じりの声が流れた。
近所の人々は、ひび割れた音から発せられる難解な言葉に困惑し、ただ呆然と立ち尽くしていた。
多くの者にとって、それは日常の延長にある「何らかの通達」に過ぎず、敗戦という巨大な事実を咀嚼できずにいたのだ。
しかし、人混みの端にいた治郎蔵と智代だけは、その意味を即座に理解していた。
没落したとはいえ元庄屋の娘として幼少期に正統な教育を受けていた智代にとって、その雅語混じりの放送は、明白な「終わりの宣言」として響いた。
そして、小学校すらろくに行けなかった治郎蔵もまた、彼女と同じ深さで内容を読み取っていた。
彼は、働きづめの人生の合間を縫い、独学という凄まじい執念で教養を積み上げてきた男だった。
茅野の寒天製造の合間に学んだ学問。
無学ゆえの屈辱を二度と味わわぬよう、彼が文字から吸収してきた知識は、村の誰よりも鋭く、世界の転換を捉えていた。
「治郎さって、大学出てるんだろか」
周囲は噂したが、治郎蔵は、小学校すらまともに出ていなかった。
それでも教養はあった。
だから、終戦のとき、いち早く動けた。
治郎蔵は、そういう人物だった。
二人は顔を見合わせた。
安堵と、虚脱。
そして、これから始まるであろう「新しい時代」への予感。
それらが入り混じる空気の中、2人は生きていた。
【境界を越える人々】
戦後、治郎蔵の行動はさらに際立っていった。
彼は、当時、苛烈な差別の対象であった被差別部落の人々や、韓国・朝鮮系の人々を、迷うことなく家の中や農地に招き入れた。
「人は、働いてこそ価値がある。血筋や生まれが腹を満たしてくれるわけではない」
小学校にも行けず、貧乏という理由だけで「選ばれなかった」過去を持つ治郎蔵にとって、差別という壁は、彼自身がかつてぶち当たった不条理そのものだった。
彼は彼らを「労働のパートナー」として完全に対等に扱った。
そして、大切に育ててきた田畑の管理という、地主としての心臓部さえも任せたのである。
智代もまた、その治郎蔵の流儀を否定しなかった。
彼女の中にある没落した庄屋の気高さは、奇しくも「外見や属性で人を判断しない」という高潔さとして開花していた。
複雑な血縁関係の姉兄たち、そして出自の異なる労働者たちが入り混じる治郎蔵の家。
そこは、混乱の戦後において、一種の「異質なユートピア」の体を成していた。
幼い千夜子は、差別を知らぬ父の背中と、教養ある母の横顔を見つめながら、その多種多様な人々が交差する中で育っていく。
それが、後に千夜子の子・進の人生にも繋がる「人を記号で判断しない」という伊崎家の魂の原風景であった。




