第5話 最初の夜、最初の生存
クラリスの私室は、主の性格そのままに整いすぎていた。
本棚は高さ順、書類は色別、寝台の皺すらほとんどない。私は隣室に閉じ込められると思っていたのに、彼女は扉の鍵をかけるなり、こちらを振り返った。
「あなたを狙う手もいる。今夜はここにいなさい」
「同じ部屋に?」
「嫌なら廊下で寝ますか」
嫌ではない。緊張で心臓が痛いだけだ。
明朝、私の渡した情報はすべて正しいと証明された。宰相派の隠し金庫も、第二の襲撃も、近衛が押さえた。クラリスは約束を守り、私を公の場で糾弾しなかった。
けれど鏡はまだ、赤いままだった。
【信頼条件達成率 八十五%】
あと少し足りない。私は寝台の端に座り、正直に言った。
「殿下。私は、生き延びるためにあなたに近づきました」
クラリスは怒らなかった。ただ静かに聞いている。
「でも、あなたが思っていたよりずっと真っ直ぐで、孤独で……放っておけないと、今は本気で思っています」
沈黙のあと、クラリスが手を伸ばした。白い指先が、私の頬に触れる。
「それは口説いているの?」
「はい」
「遅いわ。もっと早く言えばよかったのに」
その夜、私たちは長い時間話した。王家に生まれた責任のこと。女同士の婚姻が珍しくないこの国でも、感情より政略が先に来ること。彼女がずっと誰にも弱音を吐けなかったこと。
やがて灯りが落ち、クラリスが私を寝台へ引き寄せた。額に触れる口づけは、命令でも戯れでもなく、確かな選択だった。
どこからが契約で、どこからが恋だったのかは分からない。ただ夜が明けた時、鏡の文字は白百合色に変わっていた。
【王太女ルート死亡フラグ 一件解除】
【生存印《王冠の百合》を獲得しました】
私は生き延びた。
そしてたぶん、もう後戻りはできなかった。




