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第38話 八人分の署名

《リリアン・コード》を無効化する条件は、想像以上に単純で、だから難しかった。


 歴代の記録にはこうある。『八名以上の女性統治者または同格権限者が、相互非競合の継承誓約へ自署した場合、処刑分岐は凍結される』。


「つまり、女同士が争わないと書面で証明すればいいのね」


「ええ。制度が一番嫌う形で」


 閲覧室の長机へ、八枚の誓約書を並べた。


 クラリス、ミレイユ、イリス、ヴィオラ、ナディア、セレーネ、サフィア、そしてエルザ。王太女も聖女も商会連合長も女提督も、同じ机でペンを取る。こんな光景を作りたくなくて、誰かは何十年も女たちを争わせてきたのだ。


「では読み上げます」


 私は宣言する。


「私たちは互いの地位と命を、制度の餌にしない。誰か一人の失脚で秩序を保つ仕組みを拒絶し、代わりに相互防衛と資源共有を行う」


 一人ずつ、署名が増える。


 最後までためらっていたのはエルザだった。インクの染みた指が小さく震えている。


「私には権力なんてありません」


「あるわ」


「記録を積んだだけの学者に?」


「歴史へ注釈を入れる権力よ」


 私は彼女の手を取って、万年筆を握らせた。


「しかもあなたは、今ここで自分の名前を書ける」


 エルザはしばらく黙り、それから小さく息を吐いた。


「本当に、反則的な人ですね」


 署名のあと、彼女はインクのついた指先で私の唇に触れた。学者らしい不器用な告白だ。私はその指に口づけを返す。


 八人分の署名が揃った瞬間、鏡のひびが大きく走った。


 処刑ルートへ向かう一本道が、ようやく別れ始める音がした。


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