第36話 宮廷学者は運命に注釈を入れる
宮廷学者エルザ・ラインフェルトは、禁書庫の階段で私を見るなり言った。
「前のレティシアより、だいぶまともそうですね」
初対面の挨拶としては最低点だ。
エルザは三十四歳。灰青の髪をひとつに束ね、インクで汚れた指先をしていた。美人かと問われれば間違いなく美人なのに、本人はそれを本棚にでも置いてきたみたいな顔をしている。
「あなた、鏡のことを知っているのね」
「少しだけ。正確には、“鏡を動かしている記録”を」
彼女は私を地下の閲覧室へ案内した。そこには、処刑、失脚、婚姻、継承と書かれた箱がずらりと並んでいる。嫌な予感しかしない。
「帝国には古い継承補助機関があるの。通称」
「百合乙女ゲームみたいな名前ね」
「笑い事ではありません。これは歴代の有力女性統治者を“競わせて削る”ための政治装置です」
箱の中から出てきた羊皮紙には、見覚えのある文字が並んでいた。
『王太女ルート 女公爵断罪』
『聖女ルート 水利権没収』
『女提督ルート 補給失敗により失脚』
ぞっとする。私が鏡で見てきた死は、呪いではなく制度だったのだ。
「どうしてそんなものが」
「女たちが連帯すると継承秩序が壊れるから。だから最初から、恋も権力も奪い合わせるよう設計した」
エルザは淡々と告げる。怒っているようには見えない。けれど万年筆を握る指だけ白い。
「あなたは?」
「記録係でした。反吐が出るほど優秀な」
彼女は私へ視線を向けた。
「でも今は、あなたに注釈を入れたい。運命の脚注を、全部書き換える形で」
宮廷学者は愛の言葉すら学術的だ。けれど、嫌いじゃない。




