第32話 水脈地図と婚礼税
婚礼税は、結婚式ではなく輸送路にかけられていた。
ナーシルへ向かう女商人の隊商だけ、婚礼名目の通行料を取られる。種子、水、薬草、布。生活に必要なものほど税率が高い。名目は“巫王への祝儀”だが、実際に金を受け取っているのは帝国側の境界伯だ。
「祝福を口実に搾るなんて、教会でもそうそう見ません」
ミレイユが珍しく辛辣だった。
私は通行記録を見て、もうひとつの違和感に気づく。税が取られた隊商だけ、水脈地図の写しを提出させられているのだ。つまり狙いは金だけではない。砂漠の命綱である地下水路を、帝国側が把握しようとしている。
「巫王の権能を奪う前に、土地の血管を抜く気ね」
「ええ」
サフィアは静かに頷いた。
「私は王であり、月神殿の器でもある。でも彼らが欲しいのは、私の意志ではなく泉の鍵だけ」
彼女の声音は凪いでいる。怒りを越えて、ずっと諦めを飲んできた人の静けさだ。
「誰かに触れられても、いつも“神聖だから”で終わるの」
その一言が妙に胸に残った。欲望も孤独も、きっとこの人はずっと信仰の下へ押し込められてきたのだ。
「なら、今回は人として奪い返しましょう」
「簡単に言うわね」
「簡単じゃないことしかしてないもの、最近」
ナディアが笑い、クラリスがわずかに口角を上げる。私たちの円卓もだいぶ騒がしくなった。
まずは婚礼税の帳簿を押さえ、水脈地図の流出先を止める。そのためには、今夜の砂嵐に紛れて境界伯の補給幕舎へ入る必要がある。
サフィアは薄布を整え、私へ銀の短剣を差し出した。
「ナーシルでは、共に夜を越える相手へ水と刃を預けるの」
重い礼だ。私は短剣を受け取り、心の中でそっと息を整えた。




