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第31話 砂漠の巫王は月を隠す
砂漠王国ナーシルの巫王サフィア・アル・ナーシルは、月を人の形にしたような女だった。
二十八歳。白銀の薄布に隠れているのに、目だけで王だと分かる。北の会談を終えた私たちは、そのまま南境の中継オアシスへ呼ばれた。
「女公爵レティシア。あなたは、祈られる側の孤独をご存じかしら」
挨拶代わりの一言が重い。
サフィアの背後には、婚礼用の銀瓶が並んでいた。聞けば八日後、帝国との友好を名目に“月泉婚礼儀”が行われるらしい。形式上は同盟だが、実際は巫王の水利権を帝国側へ差し出させるための拘束儀式だ。
「断れないの?」
「断れば、砂漠へ流れる交易水路を閉じると脅されています」
そこへナディアが口を挟んだ。
「つまり水を人質に取った結婚税ね。反吐が出る」
鏡が赤く明滅する。
【失敗時分岐 巫王、婚礼儀により権能剥奪】
サフィアはその表示へ視線も向けず、私だけを見つめていた。
「あなたが五人も六人も口説いているという噂は本当?」
「ええ。だいたい本当」
「では訊くわ。あなたは私を救いたいの? それとも欲しいの?」
正しく、残酷な質問だ。
「両方」
答えると、サフィアは初めて小さく笑った。
「正直ね。少しだけ気に入ったわ」
月を隠す巫王は、どうやら嘘より本音を好むらしい。




