第29話 砲声の代わりに鳴る祝砲
補給線を襲った敵は海賊ではなく、帝国正規軍の装備を横流しされた私掠船だった。
夜明け前、氷霧の向こうから三隻。掲げる旗は中立商船、けれど砲門の開き方が軍艦だ。セレーネは一目で見抜き、甲板へ立った。
「撃てば“北境艦隊が民間船を砲撃した”と書かれる」
「撃たなければ?」
「補給船が奪われる」
最低の二択だ。だから私は望遠鏡をのぞき、敵船の艦首飾りに刻まれた古い侯印を見つけた。去年取り潰された西方侯家のもの。つまり、死んだ家名を使う使い捨ての船だ。
「記録を残すわ。証拠付きで沈めましょう」
ナディアから預かった簡易写本機がここで生きた。私は敵旗と砲門を写し取り、クラリスの印章付き認可状を副官に渡す。
「北境艦隊、私掠拿捕の正当防衛を執行」
セレーネが短く命じた瞬間、旗艦の砲が吠えた。
氷海に砲声が走る。敵船の先頭が舵を失い、二隻目は補給船に取りつこうとしてイリスの率いる乗り込み隊に抑えられた。女騎士団長が北の甲板でも暴れている光景は、だいぶ景気がいい。
「右舷、二射目!」
セレーネの声は少しも震えない。けれどその横顔には、ずっと飲み込んできた怒りがあった。女指揮官の補給を切れば、失敗は全部その女のせいにできる。そんな算盤を、彼女は何度も見てきたのだろう。
最後の一隻が白旗を上げたとき、海はようやく静かになった。
「勝ったわね」
「ええ。でもこれは勝利というより、奪い返しただけ」
セレーネは砲煙の向こうを見つめ、それから私のほうへ振り返った。
「あなたがいなければ、今日は私の敗北でした」
「なら次は、祝砲にしましょう」
そう言うと、彼女はほんの少しだけ困った顔で笑った。
「北では、そういう約束を重く受け取ります」
「知ってる。だから言ったの」




