第21話 東方商会連合長は値切らない
東方商会連合長ナディア・ベルフォールは、登場した瞬間に部屋の値段を上げる女だった。
黒金の巻き髪、琥珀色の瞳、香辛料と上等な紙の匂い。三十歳だと自分で名乗ったその女は、私たち四人の円卓を見回し、まるで品定めみたいに笑った。
「ずいぶん綺麗な内乱前夜ね」
クラリスの眉がぴくりと動き、ヴィオラは楽しそうに脚を組み替える。私はため息を飲み込み、名刺の横に置かれた革筒へ視線を落とした。
「脅しなら帰って」
「脅しじゃないわ。請求書よ」
筒から出てきたのは、東部港湾税の新布告だった。女性当主が率いる商会にだけ、三倍の保証金を課す。署名は王都財務局。けれど印章の癖が違う。宰相派残党か、あるいはそれに近い手口だ。
「商売の首を絞れば、女たちは勝手に互いを売る。昔からよくあるやり方」
ナディアは肩をすくめた。
「私はそれが嫌いなの。だから次に死ぬ予定の女を見に来た」
鏡が卓上で淡く赤く灯る。
【第五対象 東方商会連合長ナディア・ベルフォール】
【信頼条件 開始】
最悪だ。この女、鏡の演出にまったく動じない。
「あなた、知っているのね」
「ええ。商人は噂と予兆で食べる生き物だもの」
ナディアは私の前へ一枚の契約書を滑らせた。内容は単純だ。私が東方商会の保護を公に宣言すれば、彼女は帝都から辺境までの流通記録を全部こちらへ開示する。
「独占契約?」
「違うわ。試しに、私を裏切らないって文字にしてみて」
金より先に信用を差し出せと言う。商人のくせに、ずいぶん高い買い物を迫る女だ。
私は契約書を閉じた。
「今は書けない」
「そう。なら今夜、取引所へいらっしゃい。値段じゃなくて、あなた自身の答えを聞くわ」
彼女はそう言って立ち上がり、去り際に私の手の甲へ軽く唇を落とした。
「安心して。値切るつもりはないの。欲しいなら、最初から丸ごといただく派だから」
商会連合長は値切らない。たぶん、人の心に対しても。




