第2話 「寝ろ、さもなくば死ぬ」と鏡が言った
部屋から侍女を下がらせてから、私は鏡の前に立った。
ひび割れた銀面には、見慣れないはずの自分の顔が映っている。蜂蜜色の髪、冷たい印象を与える青灰色の瞳。なるほど、これなら視聴者コメント欄で「悪役が似合いすぎる」と言われるわけだ。
【説明を開始します】
「始めなくていい」
【レティシア・ド・ヴェルノワは全ルートで死亡します。回避条件は“寝台契約”です】
「……その物騒な言い方、もう少し何とかならないの?」
【次の満月までに、対象ルートの攻略人物と相思相愛状態で一夜を共にしてください。未達成の場合、死亡フラグは現実化します】
「相思相愛? 一夜を共に? それってつまり」
【そうです】
鏡がやけにきっぱりしていて腹が立つ。
つまり私は、生き延びるために攻略対象を口説いて、一晩を過ごさなければならないらしい。しかも無理やりでは意味がない。相手の好意と同意が必要。ゲームより難易度が高いのでは?
【最初の対象: 王太女クラリス・アルヴェーン 二十六歳】
クラリス。帝国第一継承者。冷徹と称される完璧な王太女。元のゲームでは、レティシアが彼女に冤罪を着せ、逆にすべて暴かれて粛清される。
【今夜の夜会で処刑ルートに接続予定。推奨行動: 信頼獲得、危機回避、寝台契約】
「そんなの一日でできるわけないでしょう」
【できなければ死にます】
鏡の中の文字がすっと消え、代わりに時計が現れた。赤い針が満月までの残り時間を刻んでいる。
二十九日と二十時間。
猶予があるように見えて、最初の山場は今夜だ。私は深く息を吸った。前世では営業資料と上司の機嫌しか読んでこなかったけれど、ここで必要なのは空気より未来だ。
「……いいわ。まずはクラリスを殺させない。ついでに私も死なない」
それが生存戦略第一号だった。




