第1話 処刑エンドから始まった朝
目を覚ました瞬間、天蓋の刺繍が見えた。
白い百合が、金糸で縫われている。安いビジネスホテルの黄ばんだ天井じゃない。昨日まで残業していた会社の仮眠室でもない。柔らかなシーツに埋もれた私は、しばらく瞬きもできなかった。
「お目覚めですか、レティシア様」
侍女の声で、脳の奥に別人の記憶が雪崩れ込んできた。
レティシア・ド・ヴェルノワ。二十四歳。帝国西部最大の領地を治める女公爵。誇り高く、美しく、そして百合乙女ゲーム《リリアン・ブラッド》における死亡フラグの塊。
私は前世で、そのゲームを実況動画で見ていた。攻略対象は全員成人女性。王太女クラリス、聖女ミレイユ、女騎士団長イリス、魔女伯爵ヴィオラ……誰のルートに入っても、このレティシアは最後に断罪される。
毒殺、処刑、焼死、戦死、失脚。優雅な顔で全部死ぬ。
最悪なのは、今日はその最初のイベント日だということだった。
今夜、王城で開かれる夜会で、王太女クラリスが私の不正を告発する。そこから三十日後、元のゲーム通りなら、私は絹のドレスのまま処刑台に立つ。
「……冗談でしょう」
私が呟くと、侍女は心配そうに目を伏せた。鏡台には、見覚えのある赤い薔薇の招待状が置かれている。断罪夜会の合図だ。
逃げるか。領地に帰るか。そう思った瞬間、鏡台の銀鏡にひびが入った。
そこに、赤い文字が浮かぶ。
【死亡フラグ一件、起動済み】
【今夜、王太女ルートに接続します】
背筋が冷えた。どうやら私は、夢より性格の悪い世界に来てしまったらしい。




