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第17話 仮面舞踏会と紫の罠
ヴィオラの屋敷は、夜の底みたいに静かだった。
案内された応接間には、燭台と酒と、意味ありげな笑顔の伯爵夫人。いや本人は未婚だから夫人ではないのだけれど、雰囲気が既に人を破滅させる。
「まずは一杯」
差し出された紫の酒杯を、私は受け取るふりだけした。ミレイユの解毒薬があっても、信用はしない。
するとヴィオラは面白そうに笑い、自分でその杯を飲み干した。
「警戒心の強い子、好きよ」
「嬉しくない褒め言葉ね」
「でも、もっと嬉しいことを教えてあげる」
ヴィオラは机の上に一冊の帳簿を置いた。反乱資金の流れ、宰相派残党、教会保守派、地方軍閥。欲しかった情報が全部ある。
「条件は?」
「ひと晩、私につき合って」
あまりにも直球すぎて、逆に咳き込みそうになった。
「そういう言い方をすると誤解を招くわ」
「誤解ではないもの」
彼女は立ち上がり、私の顎を指先で持ち上げた。香るのは花ではなく、雨の前の土みたいな匂い。
「あなたは生き延びるために私を欲しがっている。私は、壊れた運命を抱えたあなたに興味がある。十分でしょう?」
完全に見抜かれている。
しかも嫌ではないのが腹立たしい。
その時、窓の外で火矢が上がった。屋敷を囲む襲撃者。ヴィオラは肩をすくめる。
「ほら、退屈している暇なんてない」
伯爵は毒より甘く、そして誰より危険だった。




