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君を英雄にするための、たった一つの悪逆

SideA

漆黒の瘴気が晴れた後、私はゆっくりと目を開けた。


自分の手を見る。

 肌の色も、爪の形も、人間の頃と何も変わっていない。

 水たまりに映る姿を確認する。優しい茶色の髪も、瞳の色も、アルティナのままだ。


ただ二つだけ、変わったものがあった。

 背中から生えた、月光を飲み込むような巨大で漆黒の翼。

 そして、私の顔の半分以上を覆い隠す、禍々しい骨の仮面だ。


「……あはは。なにこれ、姿はそのままなんだ」


仮面の奥から出た声も、昨日ルミエと笑い合っていた私の声とまったく同じだった。

 これなら、仮面さえ外さなければルミエに私だとバレることはないだろう。


左手の薬指には、魔力で保護された『シロツメクサの指輪』が、かすかな緑色を保ったまま光っていた。

 私はそれをそっと愛おしむように撫でると、黒い翼を大きく広げた。


「さあ、始めよう。ルミエのための、完璧な舞台作りを」


足に力を込めると、凄まじい風圧とともに私の体は夜空へと舞い上がった。


向かうのは、私が生まれ育った故郷。

 ルミエが眠る、あの平和な村だ。


空から見下ろす村は、静かな寝息を立てているようだった。

 私は胸の奥が痛むのを無理やり無視して、右手にどす黒い炎を生み出した。


――ルミエが迷わず聖剣を振るうためには、「強い理由」が必要だ。

「世界のため」なんていう曖昧なものじゃない。

 もっと強烈で、もっと個人的な、どす黒い感情。


そう、たとえば『復讐』のような。


私は、村のはずれにある無人の納屋に向けて、黒い炎を放った。

 ドゴォォォン!! という耳障りな爆発音が響き渡り、真っ赤な火柱が夜空を焦がす。


「ひぃっ!? な、なんだ!?」

「火事だ! 敵襲だぞ!!」


村人たちがパニックを起こし、家から次々と飛び出してくる。

 私は誰も殺さないように慎重に魔力を操作しながら、広場の中央へと舞い降りた。


巨大な黒い翼と、禍々しい仮面。

 その姿を見ただけで、村人たちは腰を抜かし、絶望の悲鳴を上げた。

「ま、魔物……!」


その時だった。

 群衆をかき分けるようにして、一人の少女が飛び出してきた。


ルミエだ。

 彼女は寝間着のまま、裸足で広場に駆け込んできた。

 その小さな手には、重すぎる『聖剣』がしっかりと握られている。


「ルミエ様! 下がってください!」

 大人が止めるのも聞かず、ルミエは震える足で私に真っ直ぐ向かってきた。


彼女の青い瞳には、恐怖よりも焦りが浮かんでいる。

 必死に周囲を見回し、誰かを探していた。


「アルティナ……! アルティナはどこ!?」


悲痛な叫び声。

 自分の命の危機よりも、私の心配をしてくれている。

 その事実が嬉しくて、同時にたまらなく苦しかった。


私は、仮面の下で冷酷な笑みを作り、わざと平坦な声で語りかけた。


「ほう。貴様が『勇者』か。か弱き人間の子供ではないか」


私の声を聞いた瞬間。

 ルミエの肩が、ビクッと大きく跳ねた。

 彼女は信じられないものを見るように、大きく目を見開く。


「……え? なんで……? その声、アルティナ……?」


混乱するルミエ。

 今すぐ仮面を外して「私はここだよ」と言ってしまいたかった。

 でも、ここで優しさを残せば、ルミエは一生「戦う恐怖」に苦しむことになる。


だから、私はルミエを完璧な英雄にするため、この世で一番残酷な嘘を吐く。


「……ああ。先ほどまで、我の足元でうるさく泣き喚いていた小娘のことか」

「え……?」

「その娘なら、我がひとくちで食らってやった。なかなか良い悲鳴を上げていたぞ。この声は、その小娘を食った余韻のようなものだ」


ルミエの動きが、ピタリと止まった。


風が吹き抜ける音だけが、不気味なほど鮮明に聞こえる。

 ルミエの瞳から、スッと光が消えたのがわかった。


「……うそだ」


ルミエがぽつりと呟く。


「アルティナを、食った……? だから、そんな大好きな声で……アルティナの声で、喋ってるの……?」


ルミエの左手が、力なく胸元に落ちる。

 きっと、私が昨日あげた『指輪』を探したのだろう。


次の瞬間だった。

 ルミエの持っていた聖剣が、太陽のように眩しい白銀の光を放ち始めた。


「――絶対に、許さない」


ルミエが顔を上げた。

 そこには、泣き虫で臆病だった私の大好きなルミエはもういなかった。


ただ純粋な「殺意」と「憎悪」だけを宿した、氷のように冷たい瞳。

 親友の命と、声を奪ったバケモノに対する、絶対的な怒り。

 聖剣の光が彼女の体を包み込み、迷いや恐怖といった「人間らしい弱さ」を、強引に焼き払っていくのがわかった。


「お前を殺す。絶対に殺して、アルティナの仇を討つ……!」


ルミエの口調から、感情の揺らぎが完全に消え失せていた。

 聖剣の代償が、早くも彼女の心を削り始めている。


私は胸が引き裂かれそうになるのを必死に堪え、仮面の下で口元を歪めた。


「クックック……良い目だ、勇者よ。だが、今の貴様では我の足元にも及ばぬ」


私は黒い翼を羽ばたかせ、ふわりと上空へ舞い上がった。


「強くなれ、勇者よ。我を殺したくば、その剣で世界の魔物を狩り尽くし、我が城まで這い上がって来い!」


私はそう言い残し、夜の闇へと姿を消した。


飛び去りながら、私は一度だけ村を振り返った。

 ルミエは空を見上げたまま、微動だにせず聖剣を構えている。


「……これでいい」


私は、左手の指輪をきつく握りしめた。

 魔王の仮面の下で、ポロポロと熱い涙がこぼれ落ちる。


「これで君は、迷わず剣を振れる。私は君の、完璧な敵になれたんだ」


これが、私たちが「勇者」と「魔王」になった日。

 愛する親友に殺されるための、地獄のような愛の始まりだった。

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