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喜劇的な誤解と、愛の防戦

SideA

――凄まじい衝撃だった。


白銀の刃が、私が咄嗟に展開した何重もの防壁を、まるで薄紙のように叩き斬る。

 防御魔法ごと両腕を弾き飛ばされ、私は玉座の間の床を無様に転がった。


「ガハッ……!」


口から黒い血を吐き出しながら、なんとか立ち上がる。

 全身の骨が軋み、魔力が悲鳴を上げている。だが、肉体の痛みなどどうでもよかった。

 私の心臓を激しく打ち据えていたのは、眼前に立つルミエから放たれる、あまりにも純粋で、氷のように冷たい『殺意』だった。


『その汚い手で……私の「約束」に、触れるなァァァァッ!!』


先ほどのルミエの絶叫が、耳の奥にこびりついて離れない。

 私は、自分の首元で揺れる『シロツメクサの指輪』をそっと握りしめた。


(ああ……ルミエ。君は、そういう風に解釈したんだね)


仮面の下で、私は力なく笑った。

 ルミエにとって私は、「親友を食い殺し、その声を奪ったバケモノ」。

 そんな憎き仇が、自分と親友だけが知っている『約束の指輪』を首から下げていたのだ。彼女が「遺体から戦利品として奪い取った」と誤解するのは、当然のことだった。


なんという喜劇だろう。

 傷つけられまいと必死に守ろうとした動作すらも、彼女から見れば「奪った宝物を執着して手放さない醜悪なバケモノの姿」にしか映らなかったのだ。


私の思いは、すべて裏目に出る。

 愛すれば愛するほど、ルミエの記憶を奪い、ルミエからの憎悪を増幅させていく。

 でも。


(……これで、いい)


私は、血の混じった唾を吐き捨て、仮面の下で口角を吊り上げた。

 ルミエの瞳を見ればわかる。そこに「怒り」や「悲しみ」といった、人間を疲弊させる不純な感情はない。

 あるのはただ、『バケモノの持ち物を奪還し、バケモノを消去する』という、システム化された殺意だけ。

 彼女は今、私の思惑通り、完全に迷いのない『完璧な剣』になっている。


「……クックック。ハハハハハッ!!」


私は立ち上がり、わざとらしく、玉座の間に響き渡るような高笑いを上げた。


「どうした勇者! さっきまでの威勢はどこへ行った! 貴様の大切な小娘の『遺品』はここにあるぞ。欲しくば、力ずくで奪ってみせろ!!」


首元の指輪を見せつけるようにして、私は挑発した。

 ルミエの体が、ふっとブレる。

 次の瞬間、私の目の前に白銀の閃光が迫っていた。


「――――ッ!!」


私は両手に黒炎の剣を作り出し、ルミエの連撃を必死に防いだ。

 凄まじい剣戟の音が響き、火花が散る。

 一撃受けるたびに、私の魔力がゴリゴリと削り取られていく。ルミエの剣はただ速く重いだけでなく、魔族の根源を焼き尽くす『浄化の光』を纏っていた。


私はわざと派手な広範囲魔法を乱れ撃ち、玉座の間を炎と氷の地獄に変えた。

 見た目は恐ろしいが、ルミエの身体能力なら確実に躱せるように計算し尽くされた、ただの『舞台演出』だ。

 ルミエは炎の壁を容易く切り裂き、氷の礫を弾き飛ばし、一直線に私へと迫る。


(美しい……)


迫り来る死の刃を前にして、私は不謹慎にも見惚れていた。

 月明かりを浴びて舞うように剣を振るうルミエは、本当に、神様が創り出した最高の芸術品のようだった。

 私が命を賭けて創り上げた、世界で一番美しくて、完璧な勇者。

 あの子が私を殺して英雄になるなら、この命なんて安いものだ。


「消えろ」


ルミエの冷たい声とともに、彼女の聖剣が私の黒炎の剣を根元から粉砕した。


「しまっ――」


私はわざと隙を見せ、大きく体勢を崩した。

 武器を失い、完全に無防備になった私の胸元。

 そこは、私が『最後の魔法セーフティロック』を仕込んだ、私自身の心臓の真上。


ルミエの瞳が、私の心臓を正確にロックオンしたのが分かった。

 彼女が聖剣を大きく振りかぶる。

 白銀の光が、極限まで圧縮され、星のような輝きを放つ。


「さあ、おいで、ルミエ……!」


私は仮面の下で、愛しい人に向かって優しく微笑みかけた。

 両腕を広げ、彼女のすべてを受け入れるために。


世界で一番優しい殺意が、今、私の心臓を貫こうとしていた。

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