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冒涜の証明と、純白の殺意

SideB

砕け散った黒曜石の扉を踏み越え、私は玉座の間へと足を踏み入れた。


凍てつくような冷気と、濃密な死の匂い。

 部屋の最奥、瓦礫の山となった玉座に、漆黒の翼を持ったバケモノが鎮座していた。顔の半分を覆う禍々しい骨の仮面。そこから覗く血のように赤い瞳が、私をねっとりと舐め回す。


「……よくぞここまで這い上がってきたな、勇者よ」


仮面の奥から響いたのは、かつて奪われたという『大切な人』の声。

 だが、今の私の心には、その声を聞いても何のノイズも走らなかった。悲しみも怒りも、すべて聖剣が完璧に遮断してくれている。

 目の前にいるのは、ただ排除すべき絶対の敵。それ以上でも、それ以下でもない。


「御託は不要です。あなたを殺す」


私は淡々と告げ、床を蹴った。

 白銀の尾を引いて、聖剣の切っ先が魔王の首筋へと迫る。

 魔王は玉座から飛び退き、巨大な黒炎を放って迎撃してきた。

 凄まじい衝撃波が玉座の間を吹き荒れる。私は表情一つ変えず、迫り来る黒炎を聖剣で真っ二つに斬り裂き、そのまま魔王の懐へと踏み込んだ。


「チィッ……! 速いな、だが!」


魔王の鋭い爪が私の胸を抉ろうとする。

 私はそれを紙一重で躱し、カウンターで剣を振り上げた。

 硬い手応え。白銀の刃が、魔王の漆黒の胸当て(アーマー)を斜めに深く切り裂く。


「……ッ!」


魔王が短く呻き、大きく後方へと飛び退いた。

 致命傷には至らなかった。だが、その時――。


斬り裂かれた魔王の胸当ての隙間から、革紐で結ばれた『小さな輪』が、ポロリとこぼれ落ちた。


「え……?」


私の動きが、ピタリと止まった。


時間が凍りついたように遅く感じる。

 魔王の首元で揺れているその輪は、枯れ草を編み込んで作られた、ひどく不格好なものだった。

 私は自分の左手を見た。

 私の薬指に嵌まっている、『シロツメクサの指輪』。

 魔王の首からぶら下がっているそれと、編み方も、花の萎れ具合も、完全に一致している。ついになるように作られた、もう一つの指輪。


『この指輪を、あるべき場所へ返さなきゃ』


私の脳内に、自分が書いた遺書の一文がフラッシュバックした。


私の頭の論理回路が、猛スピードで目の前の事実を処理していく。

 魔王は以前、言っていた。

『我は、貴様の最も愛する親友を食い殺した』と。


ならば、なぜ魔王が、私が探している「指輪の持ち主」のものと同じ指輪を持っているのか?


(……奪ったのだ)


冷え切った脳が、一つの結論を弾き出した。

 このバケモノは、指輪の持ち主を無惨に食い殺しただけでは飽き足らず。

 彼女の遺体から、私との約束の証である『指輪』を引き剥がし、戦利品として自分の首から下げていたのだ。


「――――」


ドクン、と。

 完璧に凪いでいた私の心臓が、異常な音を立てて跳ねた。


感情はないはずだった。

 悲しみも、苦しみも、すべて聖剣が漂白してくれたはずだった。

 だが、今、私の内側から湧き上がってきたのは、人間らしい感情などでは断じてない。

 純粋で、絶対的で、極寒の『殺意』。


「……その、汚い手で」


私の口から、地獄の底から響くような声が漏れた。

 聖剣が、私の異常な殺意に呼応し、かつてないほど暴力的で眩い白銀の光を放ち始める。


「その汚い手で……私の『約束』に、触れるなァァァァッ!!」


私は絶叫した。

 踏み込んだ床の石畳が粉々に砕け散る。

 魔王がハッと息を呑み、慌てて首元の指輪を庇うように手で覆い隠した。


その動作が、私の殺意にさらなる油を注いだ。

 バケモノめ。私の大切な標的アイテムを、これ以上汚すな。


「消えろ! お前の存在すべてを、この世界から跡形もなく消し去ってやる!!」


私は聖剣を両手で力強く握りしめ、魔王に向けて跳躍した。

 もはや魔王の攻撃を躱す気すらない。肉を切らせてでも、あのバケモノの首を刎ね落とす。あの指輪を取り返し、私が本来帰るべき場所(空っぽの虚無)へ帰るために。


これが、私に残された唯一の存在意義。

 目の前にいるバケモノの正体が、私が愛してやまなかった親友その人であることなど、微塵も気づかないまま。

 私は、私の一番大切な人をこの世から消し去るために、完璧で純真な刃を振り下ろした。

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