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最期の舞台裏と、罪を喰らう魔法

SideA

ズゥーン……という重低音が、魔王城の最上階である玉座の間まで響き渡った。


城の入り口を塞いでいた、分厚い黒曜石の扉が開かれた音だ。

 私は玉座に深く腰掛けたまま、その振動を足の裏で心地よく感じ取っていた。


「……来たね、ルミエ」


城内に張り巡らせた結界が、次々と紙くずのように破られていくのが分かる。

 迷宮のように入り組んだ城の構造も、強力な幻惑魔法も、今の彼女には何の意味もなさない。白銀の光を放つ『聖剣』が、すべてのまやかしを直線的に切り裂き、最短距離で私のもとへ向かってきている。


その一切の迷いがない、機械のように正確な進軍のペース。

 水鏡で見なくとも、彼女がどんなに冷たく、美しい無表情で階段を上ってきているのか、手に取るように分かった。


私は立ち上がり、左手の薬指に嵌めていた『シロツメクサの指輪』をそっと外した。


「……ごめんね。最後まで、指に嵌めていてあげられなくて」


これから始まるのは、殺し合いだ。

 ルミエは本気で私の首を刎ねに来る。私が少しでも手を抜けば、彼女の鋭い剣の前に、この指輪ごと私の左腕は切り飛ばされてしまうだろう。

 私とルミエを繋ぐ、この世界でたった一つの愛の証明。これだけは、絶対に傷つけさせるわけにはいかない。


私は指輪に革紐を通し、ネックレスのようにして自分の首にかけた。

 冷たい魔王の鎧の奥、心臓の一番近く。ここに隠しておけば、戦闘中にルミエに見られて「なぜ魔王がそんなものを」と動揺させる心配もない。


(ルミエはもう、私の名前すら忘れてしまったけれど……それでも)


私は、服の上から心臓の鼓動と指輪の感触を確かめ、目を閉じた。

 今から私がやらなければならない、最後の、そして最大の『魔法』の構築を始めるために。


それは、ルミエの心を永遠に守るための安全装置セーフティロック

 彼女は今、聖剣の力で感情を漂白されている。しかし、魔王である私を殺し、聖剣の役目が終わった後、もし彼女の心が人間のそれに「戻って」しまったらどうなるか。


いくら記憶がなくなっているとはいえ、自分の手で人を……ましてや、自分と同じ人間の姿をした生き物を惨殺したという事実は残る。

 その事実がフラッシュバックして、ルミエの美しい心に『罪悪感』という名の染みを作ってしまうかもしれない。


「そんなの、絶対に許さない。あの子の心には、一片の曇りも残させない」


私は自分の魂を削り、どす黒い魔力の中に、ひとつの純白の術式を編み込んでいく。

 術の起動条件は、『私の心臓が、聖剣によって貫かれること』。

 その瞬間、私の体内に蓄積された膨大な魔力が一気に解放され、ルミエの脳内に直接干渉する。


彼女が魔王を殺した時に感じるであろう「手の感触」「血の匂い」、そして「命を奪ったという事実への忌避感」。

 それらのトラウマになり得るすべての情報を、私の最後の魔法が優しく包み込み、綺麗に消滅させるのだ。


「……ふぅ。これで、完璧」


術式が私の心臓に定着したのを確認し、私は満足げに息を吐いた。

 これでルミエは、私を殺した直後から、何の重圧も罪悪感も背負うことなく、ただの『世界を救った純真な英雄』として生き直すことができる。

 私の血肉も、魂も、すべてがあの子の未来を照らすための完璧な舞台装置になるのだ。


ドサッ、と。

 玉座の間の外、分厚い扉の向こう側で、最後の門番を任せていた魔族が崩れ落ちる音がした。


来た。

 とうとう、愛する人が私の扉の前に立った。


私は床に置いていた禍々しい骨の仮面を拾い上げ、自分の顔に押し当てる。

 視界が赤く染まり、喉の奥から這い出るような魔王の声がセットされた。


「……さあ、おいで、ルミエ」


仮面の下で、私は最後に一度だけ、泣き出しそうに歪んだ顔を両手で叩いて引き締めた。


「貴女を絶望させる、世界で一番残酷な悪役を……演じきってあげるから!」


轟音。

 凄まじい衝撃とともに、玉座の間の巨大な扉が粉々に吹き飛んだ。


舞い散る粉塵と瘴気の中、月明かりを背負って立つ一つの影。

 白銀の聖剣をだらりと下げ、氷のように冷たく、完璧に美しい虚無の瞳をした勇者が、私を真っ直ぐに見据えていた。

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