表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/20

白銀の殺戮者と、意味を失った道標

SideB

黒い血が、生ぬるい雨のように降り注いでいた。


私の振るう『聖剣』の軌跡が、夜の闇に白銀の線を引く。

 その線に触れた魔族たちは、悲鳴を上げる間もなく、次々と光の塵となって消滅していった。


「ば、化け物……! 来るな、来るなぁぁッ!!」


荒野に最後に残った四腕の魔族が、私を見て震え上がっていた。

 魔王の側近ともあろう上位魔族が、か弱い人間の少女を前にして、武器を放り出して泥まみれになりながら後ずさっている。


滑稽な光景だ。

 しかし、私の心には嘲笑も、哀れみも、何の波紋も広がらなかった。


「……標的ターゲット、確認。排除します」


私は淡々と事実だけを口にし、地を蹴った。

 一切の無駄を省いた、最短距離での踏み込み。振り下ろされた四本の巨大な腕を、まるで止まっているかのように見切り、その隙間を縫って聖剣を突き出す。


「ガ、アァァ……ッ!?」


魔族の胸のど真ん中を、白銀の刃が正確に貫いた。

 断末魔の叫びを聞きながら、私は無表情のまま剣を引き抜く。巨大な体が崩れ落ち、周囲には再び、完全な静寂が訪れた。


これで、王都から魔王城に至るまでの道のりに配置されていた「障害物」は、すべて排除したことになる。


私は返り血で汚れた聖剣を軽く振って血糊を落とし、ゆっくりと顔を上げた。

 荒涼とした大地の先。赤黒い雷雲が渦巻く空の下に、禍々しい瘴気を放つ巨大な黒い城がそびえ立っている。


魔王城だ。


あの最上階に、私が殺すべき対象がいる。

 私の両親や、護衛の騎士たちがいれば、ここで「いよいよだな」と武者震いでもしていたのだろうか。

 だが、私の心臓はいつものように一定のリズムを刻み、呼吸も全く乱れていない。疲労感すら、聖剣が完全に麻痺させてくれている。


私は歩き出しながら、ふと、胸元にしまっていた一枚の羊皮紙を取り出した。

 それは数日前、私が自分で書いた『遺書』だ。


『この指輪を、あるべき場所へ返さなきゃ。魔王を殺せば、きっと指輪の持ち主が待つ場所へ帰れるはずだから』


月明かりの下で、自分の筆跡をなぞる。

 数日前まで、この文章を読むたびに、私の目からは「理由のわからない水滴(涙)」がこぼれ落ちていた。自分が何かとても大切なものを失ってしまったという、得体の知れない喪失感に襲われていたからだ。


けれど、今はもう、私の瞳から水滴がこぼれることはなかった。

 悲しくないのだ。涙腺という無駄な機能すら、聖剣が『戦闘に不要なノイズ』として焼き切ってしまったのだろう。


私は視線を落とし、自分の左手の薬指を見た。

 そこには、すっかり枯れ果てて茶色く変色した『シロツメクサの指輪』が嵌まっている。


(……客観的に見れば、ただのゴミね)


私は感情の抜け落ちた頭で、冷静に分析した。

 なぜ私がこんな枯れ草の輪を大切にしているのか、もはや理屈では全く理解できない。これをくれたのが誰だったのか、どんな顔をしていたのかも、私の脳内データからは完全に消去されている。


だが、この羊皮紙という『マニュアル』にそう書かれている以上、事実は事実として受け入れるしかない。


「魔王を殺す。そして、これを本来の持ち主に返す。……ただ、それだけのこと」


私にとって、この指輪はもはや「愛する人との思い出の品」ではなかった。

 ただの『目標クエストを達成するためのキーアイテム』。

 そこに何の感情も存在しない。私がこれを手放さないのは、ただ「そうプログラムされているから」に過ぎなかった。


羊皮紙を再び胸元にしまい込み、私は魔王城の巨大な黒曜石の門の前に立った。

 見上げるほどの重厚な門だが、私が軽く手を触れただけで、ギギギ……と重苦しい音を立ててひとりでに開いていく。

 まるで、城の主が私の到着を待ちわびて、招き入れているかのように。


「……待っていなさい、魔王」


私の声は、氷のように冷たく、どこまでも澄み切っていた。


憎しみもない。怒りもない。悲しみもない。

 ただ純粋な『殺意』という名の概念だけを宿した、完璧で純真な勇者。


私は白銀の光を放つ聖剣を片手に、一切の躊躇なく、魔王の待つ絶対の闇の中へと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ