白銀の殺戮者と、意味を失った道標
SideB
黒い血が、生ぬるい雨のように降り注いでいた。
私の振るう『聖剣』の軌跡が、夜の闇に白銀の線を引く。
その線に触れた魔族たちは、悲鳴を上げる間もなく、次々と光の塵となって消滅していった。
「ば、化け物……! 来るな、来るなぁぁッ!!」
荒野に最後に残った四腕の魔族が、私を見て震え上がっていた。
魔王の側近ともあろう上位魔族が、か弱い人間の少女を前にして、武器を放り出して泥まみれになりながら後ずさっている。
滑稽な光景だ。
しかし、私の心には嘲笑も、哀れみも、何の波紋も広がらなかった。
「……標的、確認。排除します」
私は淡々と事実だけを口にし、地を蹴った。
一切の無駄を省いた、最短距離での踏み込み。振り下ろされた四本の巨大な腕を、まるで止まっているかのように見切り、その隙間を縫って聖剣を突き出す。
「ガ、アァァ……ッ!?」
魔族の胸のど真ん中を、白銀の刃が正確に貫いた。
断末魔の叫びを聞きながら、私は無表情のまま剣を引き抜く。巨大な体が崩れ落ち、周囲には再び、完全な静寂が訪れた。
これで、王都から魔王城に至るまでの道のりに配置されていた「障害物」は、すべて排除したことになる。
私は返り血で汚れた聖剣を軽く振って血糊を落とし、ゆっくりと顔を上げた。
荒涼とした大地の先。赤黒い雷雲が渦巻く空の下に、禍々しい瘴気を放つ巨大な黒い城がそびえ立っている。
魔王城だ。
あの最上階に、私が殺すべき対象がいる。
私の両親や、護衛の騎士たちがいれば、ここで「いよいよだな」と武者震いでもしていたのだろうか。
だが、私の心臓はいつものように一定のリズムを刻み、呼吸も全く乱れていない。疲労感すら、聖剣が完全に麻痺させてくれている。
私は歩き出しながら、ふと、胸元にしまっていた一枚の羊皮紙を取り出した。
それは数日前、私が自分で書いた『遺書』だ。
『この指輪を、あるべき場所へ返さなきゃ。魔王を殺せば、きっと指輪の持ち主が待つ場所へ帰れるはずだから』
月明かりの下で、自分の筆跡をなぞる。
数日前まで、この文章を読むたびに、私の目からは「理由のわからない水滴(涙)」がこぼれ落ちていた。自分が何かとても大切なものを失ってしまったという、得体の知れない喪失感に襲われていたからだ。
けれど、今はもう、私の瞳から水滴がこぼれることはなかった。
悲しくないのだ。涙腺という無駄な機能すら、聖剣が『戦闘に不要なノイズ』として焼き切ってしまったのだろう。
私は視線を落とし、自分の左手の薬指を見た。
そこには、すっかり枯れ果てて茶色く変色した『シロツメクサの指輪』が嵌まっている。
(……客観的に見れば、ただのゴミね)
私は感情の抜け落ちた頭で、冷静に分析した。
なぜ私がこんな枯れ草の輪を大切にしているのか、もはや理屈では全く理解できない。これをくれたのが誰だったのか、どんな顔をしていたのかも、私の脳内データからは完全に消去されている。
だが、この羊皮紙という『マニュアル』にそう書かれている以上、事実は事実として受け入れるしかない。
「魔王を殺す。そして、これを本来の持ち主に返す。……ただ、それだけのこと」
私にとって、この指輪はもはや「愛する人との思い出の品」ではなかった。
ただの『目標を達成するためのキーアイテム』。
そこに何の感情も存在しない。私がこれを手放さないのは、ただ「そうプログラムされているから」に過ぎなかった。
羊皮紙を再び胸元にしまい込み、私は魔王城の巨大な黒曜石の門の前に立った。
見上げるほどの重厚な門だが、私が軽く手を触れただけで、ギギギ……と重苦しい音を立ててひとりでに開いていく。
まるで、城の主が私の到着を待ちわびて、招き入れているかのように。
「……待っていなさい、魔王」
私の声は、氷のように冷たく、どこまでも澄み切っていた。
憎しみもない。怒りもない。悲しみもない。
ただ純粋な『殺意』という名の概念だけを宿した、完璧で純真な勇者。
私は白銀の光を放つ聖剣を片手に、一切の躊躇なく、魔王の待つ絶対の闇の中へと足を踏み入れた。




