表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/103

第78話『近すぎる距離と、静かな違和感』

朝。

教室はいつも通りのざわめきに包まれている。

笑い声。

軽い談笑。

変わらない日常。

——のはずだった。

(……なんか、落ち着かない)

視線を落とす。

原因は分かっている。

「アリア様」

すぐ隣。

距離が、近い。

肩が触れそうなほど。

「……ルナ、近くない?」

軽く言う。

いつもの調子で。

だが——

「そうですか?」

首を傾げる。

本当に不思議そうに。

「これくらい、普通だと思いますが」

(……普通?)

言葉が、一瞬止まる。

前から、こんなだっただろうか。

いや——

違う。

少なくとも、ここまでではなかった。

授業中。

ノートを取ろうとする。

その時——

カサ。

横から紙が差し出される。

綺麗にまとめられたノート。

「どうぞ」

「……ありがとう」

受け取る。

だが。

距離が近い。

腕が触れる。

少しだけ体を引くと——

すぐに、詰められる。

自然に。

逃げ道を塞ぐように。

(……気のせいじゃないわよね)

ペン先がわずかに止まる。

休み時間。

「アリア様、この後——」

「申し訳ありません」

柔らかな声が割り込む。

一歩前に出る。

にこりと笑う。

「この後、予定がありますので」

「え?あ、そうなの?」

(……いや、ないけど)

言う間もなく、会話は終わる。

「また今度お願いします」

完璧な締め。

相手は納得して去っていく。

静かになる。

「……ルナ」

「はい?」

「今の予定って——」

「ありますよ」

即答。

「今から、私と一緒に過ごす予定です」

(……は?)

言葉が出ない。

冗談には聞こえない。

でも——

強制されているわけでもない。

「……そう」

結局、それしか返せなかった。

昼休み。

中庭。

ベンチに腰を下ろす。

その瞬間——

隣が埋まる。

間髪入れず。

距離はほぼゼロ。

(早い……)

少し遅れて、もう一人が来る。

静かに。

いつも通りに。

座ろうとした、その時。

「……そこ、日差しが強いですよ」

何気ない一言。

だが位置が、ほんの少しだけずれる。

結果。

距離が開く。

「……そうか」

短く返すだけ。

何も言わず、別の位置へ座る。

その一連を見て——

(……今の、わざと?)

疑問が残る。

「アリア様」

声がかかる。

視線を戻す。

「これ、どうぞ」

焼き菓子。

差し出される。

「また?」

「改良しましたので」

少しだけ誇らしげ。

受け取る。

一口。

「……おいしい」

その瞬間。

ほんのわずかに、空気が緩む。

「……そうですか」

抑えた声。

だが——

わずかに安心したように見える。

その視線が、一瞬だけ動く。

横へ。

(……?)

ほんの一瞬。

何かが混ざった。

「……それ」

声が落ちる。

「昨日よりいいな」

淡々とした評価。

「……当然です」

すぐに返す。

「同じ失敗はしませんので」

いつもの調子。

だがその後。

ほんの少しだけ、間が空く。

「……見ていたなら、分かるでしょう」

軽い棘。

「……ああ」

短い返答。

それ以上は続かない。

だが——

空気が、ほんの少しだけ張る。

(……なにこれ)

息をつく。

どちらも変わらないようでいて——

どこか違う。

午後。

教室。

静かな時間。

窓の外を見ながら、考える。

(……今日のルナ)

距離。

言葉。

行動。

全部。

「……ちょっと、変よね」

ぽつりと漏れる。

「変ではありません」

すぐ後ろ。

振り向く。

いつの間にか、立っている。

距離が近い。

また。

「私は、いつも通りです」

微笑む。

綺麗な笑顔。

だが——

その奥。

ほんの少しだけ、深い。

「……そう」

それ以上、何も言えない。

言葉が、出てこない。

廊下。

足音が響く。

一定のリズムで。

「……違うな」

小さく呟く。

今日一日を思い出す。

距離の取り方。

割り込み方。

視線。

全部が、微妙に噛み合っていない。

「……ただの好意じゃない」

ぽつり。

誰にも聞かれない声。

だが——

否定もしない。

ただ、確かめるように前を見る。

夕方。

教室は、もう誰もいない。

窓の外は、赤く染まっている。

静かだ。

「……大丈夫」

小さく呟く。

自分に言い聞かせるように。

「これくらいなら」

手を胸に当てる。

ゆっくりと、息を吐く。

「……失いません」

その声は小さい。

だが——

揺れていなかった。

教室には、もう誰もいないはずなのに。

なぜか——

静けさが、少しだけ重かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ