別章7
✿――
自室に入り、少し迷います。
どうやって彼らの元に行くのか。
行けることは分かっているのですが、具体的な方法が……。
どうしてこうも、思考が進まないのでしょうか?
このところ、不明、不明、不明……。そればかりが続いている気がします。
彼らが集まっている場所は、循環の環の外側のようです。
環に加わっていない状態で魂を維持できていることも……不明です。
駄目ですね。お待たせしているのですから、しっかりしなくては。
一度、この器の状態を解除して……内部に意識を向けて……。
彼らの元に、改めて器を調整して……。
「ファロンちゃん?」
「おぉーかわいいー」
どうにか来られたようです。よかった。
幼少期に亡くなられたお二人は亡くなられた時点のお姿のままでした。
一方、始まりの人々だった皆様は、若い頃のお姿で、白い空間の狭間におられました。
『花龍と申します。その……ユージーンだけでなく、皆様も巻き込んでしまったようで……申し訳』
「君のせいではない」
ラトナ様が、私の言葉を遮って強い声音で言いました。
「ユージーンのことも、俺たちのことも、君のせいではない。これは理解しているか?」
『あの……理解していると、思いますが』
「納得は、していないのね?」
エナ様が柔らかい声で受けてくれます。
エナ様はラトナ様の妻だった方です。
「ファロン氏。あなたの状態を推測するに、モヤ種である自分と、自我をもった自分を、一つとして認識できていないのではないか?」
「その上、あなたは自分を容認できないでいる。それが、ここ最近の機能不全の原因じゃないかしら?」
要様の推測に、葵様が応じます。
「父さん母さん、言葉がむずかしいー。カイおじちゃんつうやくしてー」
お二人の長女、雫様が可愛らしく声を上げました。
「おうよ、任せとけぃ。要するにだな……。ファロン姉ちゃんは起きたばっかりで、自分のことを悪い子、ダメな子だって思い込んじゃってるわけだ。そんなことないよな?」
「うん!」
「そんで、ファロン姉ちゃんは具合が悪くなって、身体というか、機能をうまく扱えなくなってるんだろうって、要おじちゃんと葵おばちゃんは、名推理をしてるってことなんだぜ」
「名推理ー」「すごーい」
微笑ましいやり取りなのですが、内容が微笑ましくはありません。
「ファロンちゃん、大丈夫?」
『すみません。自分がこうして皆様とお話ししている状況が……とても不思議で、嬉しいと、感じているようです』
ミユ様とナギ様の手が、私の背を優しくなでてくださいます。
エナ様も、柔らかい表情で私を見ておられて……。
「ねぇねぇ、ちょっといーい?ファロンちゃんさー、ずーっと僕らのこと、様付けしてなーい?」
少々個性的な、間延びした言い方をするのはハルキ様です。
『……はい』
「私達も、ファロン様って呼ぶ?」
「ファロン姉ちゃん様ー?」「ねえちゃんさまー?」
「ファロンにとっては突然のことだろうし、様付けをやめてもらうのは今後の課題としておこうか。ただ……俺たちは、ずっと君の中で見ていたものだから、馴れ馴れしい態度が不快でなければいいのだが……」
ラトナ様は、やはりユージーンと似ています。
口調はあまり似ていないのですが、その表情や、気遣われる様子がとても……。
『不快だなんてことは決して、あり得ません。その……これは、心地よい?です』
言葉として理解していたものが、自分の感覚で初めて別な理解に至る、そういう状態にあるのでしょうか。
「ファロン、戸惑っているところすまないが、この機会に聞いてほしいことがある。……いいだろうか?」
『……はい』
私は、覚悟を決めて、姿勢を正しました。
皆様は、誰から?先にする?などと話し合っておられます。
「じゃあ、私からで」
そう言って、エナ様が私の前に来られました。
「ファロンちゃん。私の目を見て。わかる?私の気持ち」
美しい紫色の瞳が、少し潤んでいるように見えますが……
『……いえ、あの……』
「あなたがいたから、私の夫は今もここにいて、ユージーンも無事に生まれられたわ」
エナ様の周りで、皆様が頷いておられます。
「零界で独りぼっちになったあの子に、
あなたは、あなたが唯一作れる希望の道を用意した。
それは、あの子をとても苦しめることになったけれど、
必要なことだったと、私たちも分かっているの」
ラトナ様の大きな頷きが目に留まり……皆様も大きく……。
「それにね、私たちも、ずっとあなたの中で、
見ていることしかできなかったのよ。
だから、分かるでしょ?私たちのもどかしさが。
私にも、あなたのつらさが分かるわ。
泣き叫ぶあの子に、死を望んだあの子に、何もできなくて……」
エナ様の目から……涙が溢れて、それはとめどなく溢れて、頬を濡らしていきました。
「だから、あなただけが、あなたがしてくれたことが、
私達にも、たった一つの希望だったの。
本当に心から、感謝しているわ。ファロンちゃん」
エナ様の両手が私の肩を抱きしめてくださいました。
「あなたが、ユージーンを笑顔にしてくれたのよ?
あなたが、希望の道を創ってくれたの。
そのことをちゃんと自覚して欲しいわ。
それが、私があなたに望むことよ」
「次は、空気を読まずに俺。
真っ先に死んだ俺は、君の中に隠れることができた。
最初は……妻子を残して死んじまったことが悔しくて、つらかった。
でも、こうして今はナギと、仲間たちと一緒にいられて嬉しいんだ。
自覚がないらしいけど、君が駄々漏れさせてた力、
俺たちにいい影響及ぼしてたと思う。助かった。ありがとうな」
「私たちの集落の子を守ってくれて、ありがとう」
セツナ様とナギ様が寄り添って、そう言われました。
「僕らも感謝してるよー。ユージーンいい子だから、末永くよろしくねー」
「私、ファロンちゃんが大好きよ。ありがとね」
ハルキ様とソラ様は、いつもの自然な笑顔で言われました。
「さて、俺たちの推測は当たっていたかな?ファロン氏。
君は最善を尽くした。そんな君に、俺たちは感謝しかない。
君は新たな種として自分を認めるべきだ。
でないとお礼のし甲斐がないだろ?」
「そうよー。
本来のあなたがとんでもなくハイスペックなのはもう分かってるのよ。
自信を失う意味が分からないわ。
これからも中にいさせてもらえたら、更に感謝に堪えませんわー」
「私も、ありがとうにたえませんわー」
要様ご一家は、楽しそうな笑顔で私の肩をポンポンと叩くと、次の方に場を譲られました。
「ファロンちゃん様よー。俺もユージーンの高祖父ってやつでな。
まあ……だから、ほんっとうに感謝してる!
それと、カミュとミユに再会できたことも。親友を助けてくれたことも!」
「かわいいユージーンを助けてくれて、本当にありがとう」
「ユージーンげんきになった。ありがとう。ファロンねえちゃんさま」
「じゃあ、最後は一番お世話になってきたラトナだ。しっかり感謝を伝えるように!」
カイ様ご一家もまた、次の方に譲るように移動されました。
「言われずとも」
そう言って私の前に立たれたラトナ様は、少しの間私を観察しているようなご様子でした。
「ファロン。君がいなければ、ユージーンは生まれる前に死んでいた」
『……それは、どういう意味でしょうか?』
「俺のせいで魂が半分に割れてしまったあの時、
君がユージーンの欠損部分を埋めるように、
包み込むようにしているのが見えた。
そのおかげで、ユージーンは生まれられたんだろう。
俺はセツナとカイに引っ張られて、君の中で回復していった。
今は問題ない状態だと思う」
そうだったのでしょうか?
「初めての創造を失敗してしまったことは、君自身にも大きな傷を残したんだろう?君は、本能的に人を愛しているようだから」
『……愛?』
「無自覚っていうのは厄介だ。まったくね」
ラトナ様はそう言って微笑まれました。
「俺とユージーンは、もう別人だと思うんだが……
君の大事な人々を死なせてしまった。
君に、つらい決断をさせた。すまなかった。
そして、感謝している。心から、ありがとうファロン」
深く頭を下げる彼に、私は言葉を失っていました。
一気に押し寄せる何かが、私に混乱をもたらすと同時に、たくさんの感情を教えてくれているようです。
「ユージーンはまだ未熟で無知だ。さぞかし手がかかることだろうが、よろしく頼む」
ラトナ様は、そう言って苦笑いを浮かべると、優しく頭をなでてくださいました。




