別章6
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零界に家ができた。
完成した家を二人で眺める。
一軒だけがポツンとあるのは……やっぱり奇妙な感じがするけど、家の中に入れば気にならないだろう。
今までは、僕が話をしたい気分じゃないと察したファロンが、自ら姿を消してくれていた。
家ができたおかげで、僕の方が部屋にこもるという対応が可能になった。
これなら、部屋から出ているなら話しかけても大丈夫だと判断できるだろうし、ファロンが消えなくてもよくなって、僕も少し気が楽になる。
話したくないくせに、消えられると妙に寂しく感じて、わがままな自分がちょっと嫌になってしまっていたからね。
気分が悪くない限り部屋にこもったりはしない、というのが、僕が密かに決めた自分用のルールだ。
ファロンを拒絶したいわけじゃない。ただ、時々一人になる時間が……僕には必要らしいってだけなんだ。
✿――
私の個室ができました。
必要ないと言おうかと思ったのですが、必要だから創っているわけではないことを思い出し、一緒にカタログを見て壁紙も選ばせていただきました。
私はどうやら、桜色と緑色を好ましく感じるようです。
休息を必要とする身ではないため、使用頻度は低いのですが、思い出の品々を創って飾るのは不思議と嬉しく感じられました。
花を飾りたいと思ったのですが、ここでは生命活動が必要なものは原則創造不可という扱いになってしまうようです。
案外良心的な仕様で、少しだけ安心しました。
もし存在が維持できないものでも創造が可能だったなら……彼が家族を想って泣き叫ぶたびに……。
ぞっとするような想像はやめておきましょう。
あまり個室に長居していると、ユージーンが部屋を出ているのに気付けず、孤独にさせてしまうかもしれません。
★――
居間に行くと、ファロンが操作パネルを手に、近寄せたり遠ざけたり……まるで爺ちゃんみたいな動きをしていた。
「何してるの?目が悪くなったの?」
「あ……いえ、違います。なにか、映像作品を観るためには、これでは小さすぎるかと考えていたところです」
そう言って操作パネルの画面を僕に向けて見せてくる。
前に見た時とは違う、写真に似たものが表示されていた。
「他世界には、本だけでなく映像作品というものもありまして、一緒に観られたら楽しいかもしれないと思ったのですが、貴方お一人でも観られるようにと考えると、この大きさの方がいいのかと……どう思われます?」
「その、他世界の人はどうしていたの?」
ファロンの表情が固まる。何かを調べているんだろう。
「どうして思い至らなかったのか分かりません。そうですよね、実際に使用されていた状況を調べるだけでよかったのですね。一般家庭では、大きめのモニターが使用されていたようです。一人だろうと複数名だろうと、それで差し支えないようです。試してみましょうか?」
「うん。よく分からないけど、やってみて」
黒くて四角い板のようなものが現れた。
ファロンはそれを壁の前に立てて浮かべると、
「ソファに腰かけて、くつろぎながら鑑賞するのが一般的なようです」
と、腰かけるよう促した。
「……」
隣に腰かけたファロンが、いきなり黙り込む。
口が半開きになっているのは珍しいな。
「どうしたの?」
「すみません。非常に、重大な問題に気付きまして、今すぐの視聴は控えるべきでした。先にすべきことがありました。申し訳ありません」
重大な問題と言うんだから、余程なんだろうけど、やっぱり分からない。
「詳しく話してー」
「……貴方は、創造力の制御方法を、まだご存じありません。新しい知識が増えて、感想を話し合っている間に……何かを創造してしまう可能性を否定できません。何が起きるか分からないのは……」
それは確かに、大問題だろう。
「それなら、先に制御方法を習得しないとダメだね」
「はい。……このところ、私の思考能力に劣化が認められるようです。申し訳ありません」
劣化、ねぇ。
「大丈夫。僕らは焦らなくてもいいでしょ?多分」
「はい」
「じゃあ、制御方法を教えて欲しい。危険人物にはなりたくないからね」
✿――
「ねえ、ちょっとやばいんじゃない?」
「確かに、精神不安定ってやつー?」
「ファロンちゃんが気付いてないのは、らしくないと思うわ」
「どうするぅ?」
「緊急事態対応っての、俺たちにもできねーの?」
「……声が大きいぞカイ」
「いや、だってよ……多分これ、ファロンちゃんのピンチだぜ?」
「呼びかけちゃうー?」
すべて聞こえていますが、どうしましょうか……。
時々ヒソヒソ声が聞こえ始めたのは、我が主が自由を与えてくださった後からでした。
最初のうちは極稀に、本当にかすかに聞こえる程度だったのですが、今はしっかり聞き取れます。
どの声も聞き覚えがありますし、存命時のお姿も知っている方々の声ですが……いつから私の中に?
「どうやって?」
「一度も声が届いたこと……なかったもんねぇ」
「ファロン姉ピンチなの?」
「また何もできないのやだよぉ」
「泣くな……雫。見守るしかできなくても、ファロン姉も諦めなかっただろ?俺たちも諦めないから、な」
「……うん」
なんて懐かしい声……。
いつまでも聞いていたい、そう思ってつい黙って聞いてしまいましたが、どうやら私の状態が話題の中心のようです。
自身の内側だけに声を届けるなんて初めてのことですが、念話のような形をとればよいでしょうか……。
『私はファロンです。皆様の声、聞こえております』
「ふぉ?……マジで?」「おぉー?」
「ファロンちゃん?」「ファロン姉だー?」
一斉に驚きの声が上がり、嬉しそうなご様子。
『あの、皆様は……星間戦争のための世界の……』
「そうそうー」
「ずっとファロン姉の中でかくれんぼしてたのー」「ぼくもー」
「あっちの世界から」
「ファロンちゃんの中に隠れてたら」
「一緒に来ちゃったみたいなの」
『かくれんぼ……?』
「すまない。皆興奮気味で……。俺はラトナ=シーカーという。君は……その、俺たちのことを認識していると考えていいのだろうか?」
ラトナ様の発言を聞いて、皆様が沈黙しました。
『貴方は……どうしてここに?ユージーンとして転生したのではなかったのですか?あ、皆様のことも存じております。ラトナ様の傍でずっと、眺めていましたから……。分からないのは、いつから、どうしてここに?です』
「……まず、俺は確かにユージーンとして転生したんだが……記憶に固執してしまったせいで、魂が割れ……半分はユージーンに、残りの半分が俺として残った。それ以上のことは俺には分からない。次の疑問については、俺よりセツナが説明した方がいいだろう。いいか?」
「ああ。俺はセツナ=エヴァンス。仲間内で一番最初に死亡した男だ」
「妻不幸者ー」
「子不幸おやじー」
あのヤジは、合いの手というものでしょうか?
「……俺が死にかけていた時、ラトナが傍にいた。泣いている奴のすぐそばに不思議な力を感じて、俺はそこを目指したんだ。それが、君だった」
『モヤ種の私が、見えていたのですか?』
「いや、見えてはいなかった」
「ちょっと口を挟むわね……。ファロンちゃんは、ラトナの傍でずっと……温かい力を放っていたみたいなの」
「……そういうことだ」
……力を放っていた?未使用のモヤ種である私が?
そういうものなのか、異常なことなのか、判断が付きません。
「ファロン。この話は長くなりそうなんでな、一旦後回しにして、先に君のことを話してもいいか?」
『私のこと、ですか?』
そういえば、皆様は私のことを話題にしておられたのでしたね。
『構いませんが、その……この器の状態で、一度そちらに伺ってもよろしいでしょうか?』
声と言葉だけで伝えることの難しさを思い、提案してみたのですが……。
「あら、ここに来られるのね?」
「ファロン姉に会えるのー?」
「許可を取る必要なくなーい?」
「……こちらは問題ない。自由にしてくれ」
ラトナ様が言う自由に、我が主と同じものを感じます。
相手を縛らない、解放の言葉。
『では……一度自室に移動してから伺います』
「はーい」
「また後でねー」
「すぐ来てねー」
「急かすな急かすな」
「お待ちしてまーす」
賑やかな声を聞きながら、ソファから立ち上がり、
「少し、野暮用を……してきます」
……ユージーンが飲みかけの紅茶を吹き出しました。
ジン様を真似た言い回しは、少々おかしかったようです。




