別章4
★――
これまでの経緯は聞くことができた。いくつかファロンにも分からないことはあったけれど、それらは推測という形で補ってくれた。
例えば――
『誰が、僕らを世界から切り離したのか』
これについては「おそらく飽き神だと思われます」とのことだった。
起動中のモヤ種は、異常事態を確認すると本体の色で知らせるようになっていて、普段の青から赤に変わるらしい。
飽き神とモヤ種以外の他者によって創造が行われることは、本来あり得ないことである上に、世界の目的に合わない。この二点から、異常事態と判断したモヤ種が赤色で報告した結果、飽き神が原因を取り除いたのだろう――と。
異常事態を赤色で知らせることは自身の機能だから知っているけれど、それが実際に行われた場面を見たことはなく、記録にもないから断言はできないんだって。
一応補足しておくと、最初にこの説明を聞いたときは意味が分からなかった。理解できるまで何回も聞き返してしまった。
『ここはゴミ箱の中なのか、あるいは、同じような場所なのか』
これについての答えは、
「断言はできませんが、おそらく違います。同じような場所とは言えるのかもしれませんが、零界についての情報を私は持っていませんし、飽き神が知っていたかどうかも不明なのです」
最初は、飽き神は疑問に思って調べたりしなかったのか?と、不思議に思ったんだけど、僕も今その零界にいて、何も分からない。
膨大な情報が収められているファロンにも情報がないっていうのは、逆にすごい気がする。
他に、推測を含む回答になったのは……
『僕の家族は、集落の皆はどうなったの?今どうしているか分かる?』
この質問への答えは、しばらく時間がかかった。
「……わかりません。貴方を失ったことで……動揺し、憔悴していることは容易に推測できますが、情報はありません」
声は落ち着いているけれど、苦しそうな顔。
『家族の元に帰る方法はある?ここから脱出できる?』
「……すみません。帰れるとは……思えません。距離の問題ではなく、彼らの世界とこの場所に、繋がりがないようなのです。脱出方法も……ない、と思われます」
★――
ファロンですら、僕らが帰れると思えない現状を、僕はどう受け止めたらいいのか。
やっと話せる相手が現れて、事情を聞くこともできたけれど、僕が置かれた状況は……異常としか言えないと思う。
ファロンは、僕が一人になりたいと思うと、何も言わずに察してくれて、「いつでもお呼びください」と言い残して静かに姿を消す。
僕の精神面は不安定で、浮き沈みが激しすぎる気がするんだけど、ファロンはいつでも待っていてくれたし、話したい時には姿を現して、いくらでも付き合ってくれた。
多分、長い時間がかかったんだと思う。
これまで、お互いに避けていた話題。
『これからの僕はどうしたらいいのか』
この問題に触れたら、もう逃げることはできない。
すでにそうなんだけど、何て言うのか、僕自身が目を逸らすことができなくなるような、そんな意味で。
だから、あえて聞かなかった。
『創造する力』に関わるいろんな疑問。
他にすることがないし、できることがこれしかないのなら、するしかないのでは?と考えた結果、僕は人を大勢死なせた。
だから、唯一できることだからという理由では、もう世界の創造なんかしちゃいけないと思う。
それなら、僕はどうしたらいいの?
その答えは、どうやったら見つけられるのか。
僕自身すでに、家族の元に帰れると思えていない。
長い時間をここで過ごしてきたはずなのに、何の変化もない僕の身体。
空腹感や眠気も感じていないし、切り傷を付けることさえできない。
死んでしまったのかも?とも考えたけれど、ファロンは違うって言う。
……違うとは言うけれど、それ以上のことをファロンは言わない。
もう、分かってるんだけどね。
僕は……飽き神と同じになってしまったんだろうって。
だからファロンは、僕を『我が主』なんて呼ぶんだろう。
飽き神みたいになんか、なりたくなかった。
でも、もうなってしまった。
……父さん、爺ちゃん。僕……どうしたらいい?
★――
「ファロン。僕は……飽き神と同じになってしまったんだよね?」
僕らはソファに腰かけて、向かい合ってお茶をしていた。
唐突に質問をしてしまったから、ファロンは少し固まっている。
普段から、それ程動く人ではないんだけどね。
「我が主……それはある意味では正解ですが、ある意味では、全く違います」
そう答えるファロンの声が、少し低く感じる。
「ある意味では……か。それを、詳しく教えてほしいな」
口角を上げて笑顔を作ったつもりだったけど、ちょっと失敗した気がする。
「貴方が、飽き神と同じ能力を得て、創造神になってしまったという意味では、確かに同じと言えるでしょう。ただ、その質問の奥に、別な意図が含まれる場合は、私は断固否定させていただきたいのです。
貴方は……おそらくは私のせいで、創造神になってしまった。けれど、決して飽き神と同じではありません」
普段落ち着いている分、僅かだろうと違いは明白だ。
何かを訴えるような目で、僕を見つめてくるファロン。
「……別な意図、は……確かに、含んでたね。ごめん」
「何故……何故貴方が謝るのです?貴方は被害者と言うべき立場にあり、謝罪すべきは私の方です!なんの説明もなく、貴方一人で挑まなければならない状況に追いやったのは私です」
僕が『飽き神と同じ』と言った意味を、彼女は正しく受け取ってしまったらしい。
「ファロン。それは違うよね。前にも言ったよ?飽き神のせいだって。今僕がごめんって言ったのは……覚悟もなく、ファロンが苦しむような質問をしているからだよ」
僕が考えている間、ファロンなら待ってくれるんだけど……僕は、ファロンを待ってあげられなかった。
「これからの自分のことは、まだ決められない。どうしていいのか分からないんだ。……中途半端っていうのかな。でも、知らなきゃいけないと思った。だから、話を続けさせてもらうね。ファロンが自分のせいだって思ってしまうのは分かってる。僕は絶対そうじゃないって断言するけど。だから……これからする質問に、事実で答えてほしいんだ」
「わかりました」
★――
「何から聞けばいいのか分からないんだけど……僕が初めて世界を創った時、世界の中に入りたいと言ったんだけど、入れなかったのは……そもそも創造神は入れないから?」
「……世界の中に創造神が入ったという前例は……情報がありません。貴方が入れなかったのは、中に入りたいという言葉の中に、別な思いが含まれていたためだと考えられます」
「別な思い?」
「あの時、貴方は『一人の人間として、世界の人々の仲間になりたい』という思いを強く抱いて、世界に入りたいと願われていたので……」
うーん。
言われてみれば確かに、僕は当時、自分のことを創造神だと思っていなくて、人間なのに変な力を持ってしまっただけだと思っていた。身体が異常なのも零界にいるせいだと。
だから、世界の中に入れば、人々と一緒に暮らせると思っていたんだよね。
家族とは遠く離れてしまったけれど、新天地で冒険する物語は読んだことがあったから、そういうものだと思えばいいと思って……。
「そもそも人間じゃないから、ダメだったのか……」
「すみま……いえ、はい」
「……僕の声は、あの世界の人々には聞こえていないみたいだったんだけど、外から呼びかけても届かないってこと?」
「零界から世界の中に声を届けることは、その手段を用意しないといけないのだと思います。飽き神は世界の内側にモニターを創造して、それを通して言葉を伝えていました」
「……あの、戦争の様子を映すモニターのこと?あんなので呼びかけるとか……嫌だなぁ」
あのモニター、そういう使い方もされてたんだ。
なんか改めて、飽き神って悪趣味な奴だなーなんて思ってしまう。
「そういえば、生活用区画というのを設置した後、人々はそれを使っている様子がなかったんだ。僕らの先祖は、生活用区画の使い方は勝手に情報を押し付けられて理解できるようにされたって聞いてたんだけど、僕が創造した世界では、そうは見えなかった。あれは、どういう状況だったの?」
「まず、世界の創造が行われて、最初に世界に配置される人々のことを『始まりの人々』と呼ぶことにさせていただきます」
頷きで返すと、ファロンは先を続けた。
「貴方の先祖――星間戦争のための世界の『始まりの人々』と、
貴方が創造した世界の『始まりの人々』の違いからお話しします。
飽き神が世界に人々を配置する時、
操作パネルから、自身の目的に沿うアイコンを選出します。
続いて、人数指定と関連する追加要素の選択をします。
星間戦争のための世界の場合は、
共通言語と、生活のための知識を始めとする膨大な情報が、
世界の始まりと同時にインストールされていたようです。
貴方の世界の場合は……
人々の配置を意味するアイコンを、貴方は意図して触れたわけではなかった。
言葉で創造するものだと思っていた貴方は、
操作パネルが、触れるだけで動く道具とは考えていなかった。
初めて見る道具でしたし、
貴方の生活にそのような道具は存在しなかったのですから、
思い至らなくて当然です。
いきなり多くの人が配置されてしまい、世界が始まってしまった。
オプション……追加要素選択の画面を、もし見い出せていたとしても、
項目には意味が記載されていなかった。
貴方は、操作方法さえ知らされず、
触れるだけで操作したことになってしまう道具を知らなかった。
だから、あの人々は……言葉を知らなかった。
生活用区画はあっても、使い方を知らなかった。
自分がそこにいる理由も、何も知らなかった。
数名が、中央の設備で食料を得て食事を摂ったこともありましたが、
それも長くは続かず、広まりもしなかった。
飢えと病気だけが、拡がってしまった。
これが、あの世界に起きた事実です。
貴方の落ち度ではありません」
「でも……僕は世界の創造を開始しますか?って聞かれて、開始すると答えたんだ……」
「貴方に選べるものは、開始することしかなかった。
私はこうなることを知っていて、
それでも、貴方の身体のどこが触れても操作パネルが出現するよう、
調整をして待っていたんです。
何一つ説明されない状況下で世界の創造を開始したら、
その結果、多くの人が亡くなるであろうことも知っていました。
貴方は、自分が飽き神と同じになってしまったと言いました。
でも、少しも同じではないのです。
私は知っています。
貴方が人々に、必死に呼びかけていたことを。
泣き叫んで、彼らの死を悲しんでいたことを。
今も、あの世界の亡骸の石を……隠し持っていることを。
貴方は、暇つぶしで世界を創ったんじゃない。
他にできることがなかったからでもない。
貴方は……新たに自分が加われる世界を求めていた。
これらの事実は……飽き神とは全然違います。
私は断言します。
貴方に落ち度はひとつもなかったんです。
どうか……それだけは、ご理解ください。
貴方のせいではないのです」
そう言って、ファロンは泣き崩れた。




