別章3
★――
少女の話を聞いていて思ったことは、少女は僕の……双子の姉のような存在だってことだった。
自分のことを道具だと言うけれど、彼女が語る僕の家族は、彼女にとっても家族で、とても敬愛していることが分かったから。
どういうわけか、僕が知らないことも色々知っていた。
彼女から聞かされることはとても面白くて、とてもとても懐かしくて……。
「ねえ、名前、付けようよ。あなたって呼ぶのはもう違和感しかないし」
そう言ってみると、少女は困り顔をする。
飽き神とかモヤ種の名前は自分で考えて付けたくせに、自分の名前となると難しいらしい。
「私は道具なので……固有名詞と言われても、どうしたらいいものか……」
「道具っていうけど、ちゃんと自分で考えられて、感情もあるでしょ?あなたはあなただよ!ね、名前つけようよ!嫌なら姉ちゃんって呼んじゃうよ?それでもいい?」
「え……」
気付けば少女の表情は徐々に豊かになっていた。
笑うと母さんに似ている気がする。
ふわふわで桜色の髪と青緑色の瞳は、花龍になってもらった影響だろうか?
「ねえ、色合いや雰囲気が花龍っぽいし、花龍って名前はどうかな?」
少女の目が大きく見開かれて、何度か小さくファロンと呟くと、宣言するかのように言った。
「今この時より、私の名前は花龍。
我が主が私につけてくださった、私の名前。
私は、ファロンです」
我が主って呼ぶのは何度言っても変えてくれないけど、名前は気に入ってくれたようで一安心だ。
お花が大好きな宇宙龍が、星の人々にお花のプレゼントをして困らせて、言葉が通じないまま何度も交流を続けて、仲良くなっていく物語の龍の名前なんだけど、モヤ種でもある彼女によく似合う、いい名前だと思う。
「これからよろしくね、ファロン」
✿――
我が主との長い語らいの時間は、私に大きな影響を残しました。
私は、自己保身というものに走らないよう、嘘偽りなく事実をお伝えするよう努めたつもりでした。
モヤ種として飽き神のもとにいた頃から始め――彼が創造神としての能力を持ってしまった経緯を語るに至り、私がしたこと――必ず失敗すると予測した上で、初めての世界創造を彼一人で挑む状況に追いやったことも、お伝えしました。
他に何もできることがない状況に追い込まれた人間が『操作パネル』のあの文字を見て、それを永遠に無視し続けることなどできないと分かっていたことも、全て。
それらを聞いて彼が下した判断は、予想外にあっさりとしたものでした。
「モヤ種っていうのは、創造神が使うすごく特殊な道具だってことでしょ?
それを、飽き神がちゃんと管理していなかったから、あなたは世界に零れ落ちてしまった。それなら、悪いのは管理不行き届きをやらかした飽き神じゃないの?
整理整頓していなくて道具をなくしたら、怒られるのは無くした人で、道具じゃないよね?例えば……そう、母さんに叱られる爺ちゃんみたいに!」
そう言って、ジン様がマイア様に叱られていた時の思い出を、楽しそうに話してくださいました。
「あなたがしたことを、あなたが後悔するのも、今なら理解できる。
僕も、僕がしてしまったことを後悔している。
……でも、僕の後悔は僕のもので、あなたのものじゃない。
あなたの分はあなたに任せるから、僕の分は僕に任せてよね」
見た目はいまだに少年のままですが、精神はすっかり成熟した大人のよう。
零界に落とされてから、どれほどの時間が流れたのか……どれだけの苦悩が彼をここに至らせたのか……。
それにしても……。
彼に、私を許したという自覚はないようです。
そもそも私を罪に問うことさえしていないのですから、許すという発想そのものがないのかもしれません。
私の後悔は私のものとして、私に任せる、と。
その言葉の意味を、私は時間をかけて、理解していこうと思いました。
……一つだけ補足しておくべきでしょうか。
飽き神に対しては、その……とても軽蔑していると言いますか、全ての悪感情をぶつけても構わない相手として認識してしまったようでした。
私自身、飽き神に使用される日が来たらと考えると、思わずぞっとしてしまいますので、そういう悪感情が説明の端々に滲み出ていなかったかと問われると、否定はできません。
「飽き神のばーかばーか!お前のせいで、みんな嫌な思いをしてたんだぞ!バカヤロー!」
そう叫びながら、少し楽しそうに笑う我が主に、思わず苦笑いを返すことしかできませんでした。
✿――
私に名前が付けられた時のことも、改めて記しておきたいと思います。
創造神が世界の創造をする時に使う便利な道具。その一つにすぎない私は、意思の疎通も、関与することさえ禁止されていたような、ただの道具の一つでした。
望まれないまま発達する機会を得られなかった自我も、彼の家族によって育まれ、彼と共に過ごしていく中で、人に近い感情を抱くに至り、今があります。
それだけでもモヤ種としては有り得ないことで、道具の身で望みうるすべての幸運を味わってきたと思います。
人々を遊戯の駒のように弄ぶだけの神はここにはおらず、私の所有者として刻まれた名は、正式に我が主のもの。
彼によって全ての制限を取り払われ、言葉さえ交わせるようになった今、私を悩ませることがあるとすれば、それは彼の心身の健康だけでしょう。
私との会話を、とても楽しそうにしてくれる我が主。
道具に過ぎない私に、名前を付けたがる我が主。
そして、我が主自ら、私に命名してくださったのです。
それは、彼が幼少期から愛読していた絵本に登場する、彼が大好きだった龍の名前でした。
私も、彼の中で一緒に読んでいたあの絵本が大好きでした。
私の名前は、花龍に決まりました。
この感情を、どんな言葉で表現したらいいのでしょう?
私を私にしてくれるような、不思議な気持ち。
彼が愛したあの花龍の名に恥じないよう、私は私なりに、花龍になっていこうと、密かに誓ったのでした。




