別章2
★――
僕は……何も知らないくせに、どうしてやってみようなんて思ってしまったんだろう。
他にできることがないから?
――それは僕の都合だ。
誰も説明してくれないから?
――それなら尚更やってはいけないことだった!
どうすればよかった?
――せめて、もっと考えるべきだった。
でも、僕をこうしたのは誰?どうして放っておくの?
僕だけが悪いの?
――でも、人々を死なせたのは僕だ。
罪悪感と「僕だけが悪いんじゃない」という言い訳が、頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。
もう、何も考えたくない……。
「緊急事態対応ノ為、禁止事項ガ一時的二解除サレマス」
唐突に、聞いたことのない不思議な音が聞こえた。
「何?……だれか、いるの?」
返事はない。
聞き取りにくくて、人の声とも思えなくて、やっぱり誰もいないのか……と諦めかけた時、もう一度声が聞こえた。
「アナタト、意思ノ疎通ヲ図ルタメノ、器ヲ、ゴ用意イタダケマスカ?」
なんだか妙に聞き取りにくいんだけど、この音は、僕に話しかけているのかな?
「あの……よく分からなかったので、もう一度、お願いしても?」
「……アナタト、話ス為ノ、身体ガ、ナイノデス」
僕と話すための、身体がない?
「身体があれば、僕と話せるの?本当に!?」
「ゴ用意、イタダケマスカ?」
相手が見えなくて誰かも分からないけど、ここに来て初めて『誰か』と話している。それがあまりに嬉しくて、僕はつい早口でまくし立ててしまう。
「身体が必要なんだね?でもここ、僕しかいなくて……植物みたいに消えてしまうかも……どうしよう、どうしたら?」
今までここで、創れなかったものがあったのが思い出されて、身体が必要だと分かってもどうしていいのか……。
悩んでいたら、ふと大好きだった絵本を思い出した。
「花龍の星っていう絵本に出てくる、宇宙龍の身体なら、ここでも消えずにいられるかも?と、とにかく……ここに現れても問題ない状態で……花龍の身体をここに創って!」
そう言った途端に現れる、とても大きな龍。自分で創ったはずなのに、つい驚いて、龍の顔を見上げてぼーっとしてしまう。動かないけど、消えたりはしない。大丈夫なのかな?と不安になっていると、ゆっくりと龍の顎が動き始めた。
「……ア……ゥ。……リュウ、ノ、カァダ……シャベゥ、ムゥカシ、デゥ……」
一生懸命喋ろうとしてくれているみたいなんだけど、聞き取りづらい。
喋りにくいんだってことは分かった。
「えっと、あの、僕にはどうしたらいいか分からないので、あなたが思う、希望する、姿になることはできますか?」
「アィガォゥ、ゴァイ、ゥ。ェワ……」
モゴモゴと口を動かしてそう答えると、龍の姿は霧のようになって消えていき、目の前に一人の少女が現れた……と思ったら、少女はいきなり跪いて深く頭を下げてきた。
「いやいや、なんなのいきなりどうしたの?」
初対面の少女相手にどうしていいか分からなくて、つい慌ててしまう。
「我が主、ユージーン=シーカー。
事情を説明させていただきたく、
まずは、意思の疎通を図ることを許可していただきたいのです」
さっきまでのぎこちなさはなくなって、とてもはっきり聞き取れる声でしゃべり始める少女。
意思の疎通を図る許可?それって許可がいることなの?
誰かに禁止されているの?
どうしてまだ頭を下げたままなの?
頭の中には疑問ばかり浮かんできて訳が分からないけど、声の感じが、何か急いでいるみたいだった。
「えっと……その……許可、します。自由にしてもらって構いません」
そう言い終えると、少女の身体を覆っていたらしい何かがパリーンと砕け散ったように見えた。
「我が主……ありがとうございます。
このような状況になってしまったのは、私が原因なのです。
本当に、申し訳ありません。
ご質問があれば、
私に分かることは全てお答えします。
最初から、事の経緯をお話しした方がよろしいでしょうか?」
……。
「あの、先に、その姿勢をやめてもらえると、助かります」
★――
正直なところ、訳が分からない状態は変わっていない。
でも、事の経緯を話した方がいいか聞くくらいだから、何か知っているんだろう。
とりあえず、話を聞くためには一度落ち着かなくちゃいけないし、僕は家具の山を漁って、ソファとテーブルを引っ張り出すことにした。
「これと同じソファをもう一つ、ここに。あと、テーブルの上に、少しぬるい紅茶を二つと、焼き菓子をたくさん、皿に載せた状態で」
応接間のようなものを用意してみるんだけど、どうしてもおかしい。床があるだけで、壁と天井がないからだろうか?
落ち着かないものの、相手がいつまでいてくれるか分からないんだったと気付いたので覚悟を決めて振り向く。
「お待たせしました。こちらのソファに座って話しましょう」
「はい」
少女は短く答えると、静かに移動した。
さっきまで龍だったのに、今はちゃんと人間らしい動きをしている。なんだか不思議な感じだ。
「あの、僕はユージーン=シーカーといいます。
あなたの名前を教えてもらえますか?」
そう話しかけると、少女は少し困った顔をして言った。
「……私に名前はありません。名称もありませんでしたので勝手にモヤ種と名付けましたが、それは道具としての名称です」
……名前を聞いただけで謎が増えるなんて思わなかった。
どうして少女の名前を聞いたら道具の名前の話が出てくる?
「あー……そのぅ……あなたに名前はないというのは分かりましたが、あなたは……何なのでしょう?」
少女は、ソファから立ち上がると少し離れた場所に歩いて行って、何かを拾い上げてから戻ってくる。
「私の本体は、これです」
そういって手のひらを僕に差し出すんだけれど、何もない。
少し前のめりになって少女の手のひらをじっと見ていると、
「よーく見ると、煙のような、霧のような、丸いものが見えませんか?」
……あ。すごく存在感のない、薄ーいモヤモヤしたものが見えた。
「それが、私の本体です」
「そ、そうなんです、か?とても、見えづらいというか、淡い、ですね」
「その淡い霧のようなものは、創造神が使用する道具で、世界の種のようなものです。私は通常のモヤ種から少々変質していますので、モヤ種の変異種と言うのが、近い表現かもしれません」
一つの会話に対して複数の謎を追加して答えてくれるのは、わざとじゃないよね?
「その、あなたがここにいて、僕と話せるのは、いつまでだとか……時間の制限みたいなものは、ありますか?」
「時間の制限はありませんので、ご安心ください。私は今までもこれからも、あなたが拒まない限り、傍にあるものです。また、あなたが私の求めに対して、あらゆる自由を想定してくださったために、今の私にはなんの制限もありません」
時間の制限は気にしなくてよくて、今までも傍にいた?これからも?
あらゆる自由ってなんのことだろう?
僕って、こんなに理解力がない方だったっけ……。
ちょっと凹みそうになるけれど、少女はなんとなく嬉しそうに僕を見ている気がするんだよなぁ。
「我が主、ユージーン=シーカー。
あなたが混乱し、理解が及ばないのは当然のことなのです。
あり得ないことが起きた結果が、今の状況なのですから。
もしよろしければ、事の発端からすべてを、お話ししてみましょうか?」
その申し出に頷いて返すと、少女はゆっくりと話し始めた。
飽き神と呼ばれる白い老人のことや、モヤ種のこと。
世界に零れ落ちてから見てきた、僕の先祖で前世でもあるラトナと仲間たち、その子孫達のこと。
そして、僕の中で一緒に育ってきた日々のことや、取り除かれた日までに起きた様々なこと。
僕らは眠気を感じることも時間を気にする必要もないから、時々質疑応答を挟みながらも、長いこと話し続けていた。




