第八十三話
カーターは王城都市の城門の前にいた。アウグスト家に仕える兵のうち、実力と信用に足る少数の兵と共に、今まさに出立の時を迎えようとしていた。
「カーター様」
後ろから呼びかけてくる存在に、カーターは振り返った。アウグスト家の召使いだった。
「どうした。挨拶はもう済ませているぞ」
「いえ、そうではなく」
召使いが、引き連れている人間におい、と声をかける。三人が恭しく前に進み、抱え込んでいるビロードの包みをカーターへ差し出した。
「これは?」
「旦那様がカーター様にお渡しされますようにと」
紫紺の布を取り払う。
「おお……」
現れたのは、朝日を受けて鈍色に輝く、一条の槍だった。カーターは思わず感嘆の声を漏らした。
「かつてこのエーグナ大陸の空を統べた金眼の黒龍をアウグスト家の始祖が討ち、その鱗を溶かして鋳造したものと伝わっているそうです」
「これを、俺に?」
「ええ、遺憾無く膂力を揮えるように、と」
「全く……」
直接言ってくれればいいのに。その言葉を飲み込んで、父親の愛の大きさを真っ直ぐに受け取った。
雲ひとつない空の中、陽を受けてそれは輝く。父親は息子が本気で槍を振るうことができない理由を、いつのまにか見抜いていた。
これは期待だ。裏切らぬように、真っ直ぐに進まねば。
カーターはアウグスト家の館に向かって一礼し、門を潜り抜けていった。
※
白き王城アルバソリスの片隅で、トゥガ・ミストラクはジュール・コルヴァスの前に跪いていた。
「たった今、カーター・アウグストがゼファレインに向けて出発いたしました。遅くとも明後日には漂都に到着するかと」
「そうか」
ジュールは足を組み、何か考える。トゥガは何も言わずに控えている。
「トゥガ」
「はっ」
「グラヌスク国境、漂都近くの兵を集めろ。指揮官の選定はナイルズに一任する」
「承知しました。ヴァルケン家への通達も含めてこちらで行いますか?」
「いや、いい。遣いの者を別に向かわせる」
「仰せのままに」
恭しく礼をして、トゥガは部屋を離れた。足音が高い音を立てて廊下に響く。ゼファレインはグラヌスクにダイン・アルゴールを引き渡すことができないだろう。開戦の日はもはや目前に迫っているのだ。
トゥガは顔を歓喜に歪めた。あの方の、ひいては自分の目的が達せられるのも、間も無くである。あの日クランヌ村で見た健気な少年。彼のおかげで物事の歯車が自分のために噛み合っていく。
「素晴らしい……素晴らしい……」
踊るような足取りで、トゥガは廊下の向こうへ姿を消した。




