第八十四話
カーター率いる一団は、アスタ連山を進んでいた。グラヌスクを出国し、山道を早足で歩んできたものの、すでに今は日が暮れつつある。
止まることなく進んできた兵士たちは、文句こそ口に出さないが、それぞれの表情に疲れが浮かび出している。
自分たちは、ともすれば早々に首を刎ねられる可能性すらある。なにせ、「どこかへ転移した雷使いの少年を差し出せ。さもなくば開戦だ。」と伝えに行く道中なのだ。今後の行動一つでこの後の歴史が変わりうる。カーターは担いだ槍がやけに重く感じられてきた。
「あの、カーター様」
「どうした」
やけに呑気な声にカーターの思考が一度止まる。側仕えのリックだった。代々アウグスト家に仕えるマッコーケルの出自。彼の父親もジョゼ・アウグストの片腕として長く勤めている人間だ。
「先ほどの話ですが、カーター様の槍、本当に龍の鱗を使っているのでしょうか……? 俺、龍なんて見たことないんですが!」
横から目を輝かせながらこちらを見ている。
「あのなあ——」
完全に緊迫していた気持ちが切れてしまった。カーターは一度吐き出そうとした言葉を呑み込む。
リックは三人兄弟のマッコーケル家の長男で、一際剣に優れているが、何より気楽すぎるのだ。
だが——
「まあ、逆にいい時もあるのか」
「なんですか?」
「いや、いい」
カーターは担いでいた槍を手に取ってリックの前に掲げる。
「このエーグナ大陸には、実際に龍は存在した。海や、沼地や、洞窟の奥に。奴らこそ、創霊力をその身に強く宿し、全ての生物の頂点として君臨していた存在だ」
山の端に近づいて、一際赤みを増した夕日が槍の柄を濡らす。柄は吹き出る溶岩のように赤黒い光を携えて鈍く光ってみせた。
「マジで居たんですか!? うわ、ヤバ……じゃ、じゃあ、カーター様も見たことあるんですか!?」
リックは鼻息荒く身を乗り出す。誕生日を祝ってもらう子供のように無邪気な顔ではしゃいでいた。
「そんなわけあるかよ。とっくに滅ぼされた存在だ」
「えっ? 何に?」
「俺たち人間に」
聖炎の王国、グラヌスクがこの地を統べるために、他の国との関係を整えることと、もうひとつ重大な問題がこの龍の存在だった。一度羽ばたき、息吹を放てば、せっせと人が築き上げた城の一つや二つなど瞬く間に消しとばしてしまう存在。
「グラヌスクの威光を示すため。そして人間による統治、安寧が続くために。龍をはじめ各地の伝説に伝わる生物はグラヌスクが探し出し、全て殺したんだよ。この槍もその時のものってことだ」
「そんなに俺たちの国は強かったんですね」
「ああ。強かった」
「これから俺たちがやるのも、きっとその安寧を保つため。一緒ですね!」
ちらりと雷を纏った少年の姿がよぎった。
「ああ。同じだ」
龍はもうこの空を羽ばたくことはない。
きっと、それも善い事だった。
当時の人間もそう信じていたはずだ。
カーターはじっと槍を眺める。槍は放熱性に優れているのか、握り込んでいるにも関わらず、いつまでも柄の温度を上げることはしない。
「そろそろ野営地の設定に取り掛かるぞ」
「了解です! では選定を急ぎましょう」
きっと、善い事だ。これからのために。カーターは自分にそう言い聞かせた。




