第八十一話
「内部には征伐対象であるダイン・アルゴール、ルリム・シャインコードと他に二人がいた模様。攻撃を試みようとしたところ、施設破壊に激昂した供風子が攻撃、やむなく殺害したということです」
「討伐対象たちは?」
ジョゼが問い返す。
「ダイン・アルゴールはゼファレイン関係者と思しき人間一人と、何らかの創霊術を用いて逃亡」
「逃亡? どうやって?」
「その場からどこかへ“転移”を行ったようです。その後」
「転移だあッ!?」
トゥガの言葉を遮ってゼルが立ち上がる。
「転移なんて、聖炎歴の生まれる前の歴史書にしか出てこない御伽話の存在だッ! アタシが知らない技術なんかあるわけねえ! あんまりナメたこと言ってると——」
急に語気を弱める。
「いや……“現代に残っていない”と考えたとするとつまり——」
ゼルは椅子に座り直し、ブツブツと呟きながら自分の世界に閉じこもってしまう。
「よろしいでしょうか?」
トゥガは困った様子でジュールの顔色を伺う。目配せを受け、トゥガは改めて言葉を繋げた。
「その後残っていたルリム・シャインコードと、水の創霊力持ちと交戦しました。交戦中にゼファレイン側も事態を把握したようで、アポストル含め兵士が退去したようで、こちらの戦力は撤退したというのが一連の流れになります」
「それはいつのことですか?」
エルディアが尋ねる。カーターには両手を膝の上に置いたまま背筋を張っている彼女の様子が、儀式を執り行う厳かな神職の人間のように見える。
「評議会の皆様がお帰りになられて、すぐのことです」
「「「「!!!?」」」」
ジュールとトゥガ、ゼルを除く全員が驚愕した。健脚のカーターですら一日での帰還は不可能だ。ましてや、戦闘を終えた人間が即座に報告を済ませて、と考えると明らかに時間が合わない。
「つい今し方ゼファレインで起きたことをいかように貴方が知り得たのでしょう?」
エルディアが疑問を呈する。
「それはですね」
「アタシが開発した術機だ」
またしてもゼルがトゥガの言葉を遮る。
「光の創霊力を充填した術機二つを稼働させることによって、距離に関係なく互いの姿と声をやり取りできる。名前はまだつけてない試作品だ。距離もまだ試用段階だったが、ゼファレインまで行けたか」
「ということでございます」
「そんな大したもん、俺らに完成すら伝えねえで持たせるのか。“グラディス”さんにはよ」
ナイルズがため息をつく。
「“グラディス”とは……?」
カーターがジョゼに耳打ちする。
「王、イルセイオンのお眼鏡にかなった生え抜きの戦士達に与えられる姓だよ。ジュールが抱えてるとも噂されるが、儂にもよく分からん」
「ともかく、“グラディス”のお仕事結果がトゥガには真っ先に伝わったってことでいいんだよな?」
「ええ。その通りでございます」
ナイルズの言葉にトゥガが顔をほころばせる。感情の見えない瞳に貼り付けたような笑顔がいかにも不釣り合いで、気持ちの悪さを振り撒いていた。
「供風子の殺害は本人が風のアポストル、シェルファ・ルゥに自白。拘束を振り切って現在帰投中です。国家的な手続きでいえば、おそらくゼファレインは今後、殺害を行った人物の引き渡し、及びゼファレイン本国での裁判をこちらに要求するものと思われます」
「トゥガ、ありがとう。そこで本題だ」
ジュールが口を開く。トゥガは恭しく頭を下げた。
ここまでの内容だけであればカーターは不要だ。となれば、この“本題”こそ、自分の関係するところだ。拳を握りしめた。
「供風子の殺害と、ゼファレイン最上級の宗教施設である風結宮の破壊。これがゼファレイン側に我々の与えた内容で、この点だけを鑑みるならば、十分に我々の侵略行為、あるいはテロ行為だと取られるだろう」
グラヌスクは聖炎歴成立前の大戦で、水の国ヒュラテスのように治水院を設置して実効支配をする、いわゆる宗主国と属国の関係となった国が存在する。
中には完全に国自体を滅亡させ、吸収した例も存在するが、これに対し自由奔放かつ凄まじいパワーを持つゼファレインには不干渉として均衡状態を続けてきている。
つまり、今回の事件をゼファレイン側は“戦争犯罪”としてグラヌスクを糾弾できる立場になる。
「だが、考えても見てほしい」
ジュールが続ける。
「攻撃のきっかけは、風結宮にダイン・アルゴール一行が潜伏していたということ。“ゼファレイン深部に、討伐対象が潜んでいた”と言える。
加えてダイン・アルゴール逃亡の幇助。
つまり、
“ゼファレインはグラヌスクに対し、犯罪者秘匿という敵対行為をした”
という事実は覆しようもないことだ」
誰かの唾を呑む音がカーターの耳に届いた。
「我々はゼファレインに対し、一切の謝罪と引き渡しを拒否する。逆に、ダイン・アルゴールの引き渡しを要求し、受け入れられない場合には“然るべき対応”をとると通告する」
嫌なら、戦争と言っている。たった一つの行動で数百年なかった戦争が起きようとしている。
「これを伝えに行くのはカーター、君に任せたい」
全員の目が刺すようにこちらを向いた。俺の対応一つで、国の未来が変わる。カーターは口の中がやけに乾いていることに気づいた。唾を呑んだのは自分だったのかもしれない。
「受け入れてくれるな、カーター」
「——はい」
「では、その支度をしよう。今日はこれまで。全員、ご苦労だった」
思い出したようにナイルズが声を上げた。
「そういや、犯罪者御一行のうち、逃げ出さなかった二人はどうしたんだ?」
笑ったというよりは、トゥガの顔が二つに裂けたようにカーターは見えた。
「炎の剣で真っ二つに。骨も残らなかったそうです」




