幕間
空に引っ掻き傷が走った。
「ねえねえ、ダイン。今、見た?」
「なにー?」
「空だよお。光ったの。神様のいたずらかな?」
ここはクランヌ村の外れにある、小高い丘の上。麦神祭の夜は、誰もが朝まで酒を飲む。
誰も見たこともないし、もちろん会ったこともない麦の神様。これから実る麦が立派になるように、村が総出でお祭りをして楽しむ。
麦の神様は恥ずかしがり屋だから、中々出てこないんだけど、お祭りの雰囲気に釣られて寄ってくる。
だから、みんな本気で楽しんで、みんな本気でお酒を飲む。フラッと立ち寄った麦神が、収穫の時期まで居着いてくれたら、大豊作だからね。
本当に見た人も、麦のアポストルも、耳にも目にもしたことはないから、なんとなくみんな嘘だってわかっていた。でも、楽しいならしょうがない。
葡萄酒は樽の底が見えるまで飲んだし、この日のために仕込んだ肉は、炭火に焼かれてみんなの胃の中へと吸い込まれていく。
ダインとリンはお酒なんて飲めないし、騒がしいところは得意じゃない。村に孤児は2人だけだったから、周りの人に気を遣っていたのかもしれない。毎年麦神祭の夜は、どちらとなく、この丘で空を眺めるのが当たり前になっていた。
これから、暑い日照りがやってくる頃。服だって随分薄着で済む時分。2人は眼下の喧騒をよそに、寝転がっていつまでも空を眺める。
「空が光るー、なんていうけど、星があるじゃん」
「違う違う、そうじゃなくて、すごい速さでもう、ビューンって! 飛んだの! 光が!」
「えー?」
苦笑するダインにますますリンは勢いづく。
「あれ、ぜったいに神様だよ! 私初めて見たんだもん」
「じゃあ、きっとそうなのかもしれないね」
ふふふ、とダインは笑う。
「麦の神様が、こっそり遊びにきたんだよ」
「じゃあ、私、神様見ちゃったってこと!?」
「そしたら、アポストルの仲間入りだ。麦のアポストル!」
「えー、なんか弱そうじゃない?」
「弱いだなんて失礼だよ神様に」
「だってさー」
———楽しい日々のほんの一瞬。
彼らは横たわっている幸福が、いつ途切れるともしれずに今を享受していた。
村の中央で、火の手が上がる。
歓声が沸く。
薪に火がつけられたのだ。
また一段と祭りの熱気は高まる。
炎は夜を酷く照らしていた。




