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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第五章 風と共に
78/86

幕間

 空に引っ掻き傷が走った。





「ねえねえ、ダイン。今、見た?」


「なにー?」


「空だよお。光ったの。神様のいたずらかな?」


 ここはクランヌ村の外れにある、小高い丘の上。麦神祭ばくしんさいの夜は、誰もが朝まで酒を飲む。


 誰も見たこともないし、もちろん会ったこともない麦の神様。これから実る麦が立派になるように、村が総出でお祭りをして楽しむ。


 麦の神様は恥ずかしがり屋だから、中々出てこないんだけど、お祭りの雰囲気に釣られて寄ってくる。


 だから、みんな本気で楽しんで、みんな本気でお酒を飲む。フラッと立ち寄った麦神が、収穫の時期まで居着いてくれたら、大豊作だからね。



 本当に見た人も、麦のアポストルも、耳にも目にもしたことはないから、なんとなくみんな嘘だってわかっていた。でも、楽しいならしょうがない。


 葡萄酒は樽の底が見えるまで飲んだし、この日のために仕込んだ肉は、炭火に焼かれてみんなの胃の中へと吸い込まれていく。




 ダインとリンはお酒なんて飲めないし、騒がしいところは得意じゃない。村に孤児は2人だけだったから、周りの人に気を遣っていたのかもしれない。毎年麦神祭の夜は、どちらとなく、この丘で空を眺めるのが当たり前になっていた。


 これから、暑い日照りがやってくる頃。服だって随分薄着で済む時分。2人は眼下の喧騒をよそに、寝転がっていつまでも空を眺める。


「空が光るー、なんていうけど、星があるじゃん」


「違う違う、そうじゃなくて、すごい速さでもう、ビューンって! 飛んだの! 光が!」


「えー?」


苦笑するダインにますますリンは勢いづく。


「あれ、ぜったいに神様だよ! 私初めて見たんだもん」


「じゃあ、きっとそうなのかもしれないね」


ふふふ、とダインは笑う。


「麦の神様が、こっそり遊びにきたんだよ」


「じゃあ、私、神様見ちゃったってこと!?」


「そしたら、アポストルの仲間入りだ。麦のアポストル!」


「えー、なんか弱そうじゃない?」


「弱いだなんて失礼だよ神様に」


「だってさー」






———楽しい日々のほんの一瞬。


 彼らは横たわっている幸福が、いつ途切れるともしれずに今を享受していた。


 村の中央で、火の手が上がる。


 歓声が沸く。


 薪に火がつけられたのだ。


 また一段と祭りの熱気は高まる。


 炎は夜を酷く照らしていた。

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