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冥闇不道のアポストル  作者: 茅井 祐世
第五章 風と共に
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第七十五話

 石畳を、血が塗りつぶしていく。


 人が、死んだ。


 ダインが今まで見て見ぬふりをしてきた、戦いの結末が目の前にある。ついさっきまで感情を持ち、言葉を発していた人間が人ではない“ナニカ”へと変容する事実。


 リンがダインを見据える。


 その虚ろな瞳に、ダインは絶望する。


 人を、殺したのだ。


 あの優しかった、リンが。


 故郷のクランヌ村で、炎の中血を滲ませて倒れていた、トマス神父の姿を思い起こす。


 人が死んだ。


 次は、僕の番——



「式号一番——【降りしきるは、形なき刃】!」


 パレアの式号。高速の水刃がリンに殺到する。それも、大剣の向こうまで届くことはない。


「ウ=クァリスとだって比較にならないじゃない……」


 凄まじい剣さばきなのだろう。軌道は無論、振ったかどうかすら知覚できない。腕と剣の位置が変わっている、という結果から推測することがせいぜいで、そこには途方もない実力差が横たわっていることは明白だった。


「抵抗は無意味だ。首を差し出せ」


 何事もなかったかのようにしてリンはこちらへ歩み寄ってくる。警戒などおくびにも出さず、真っ直ぐと向かってくる。


「みんな下がって!」


 ルリムが一歩前へ出て、手をかざす。


 瞬く間にリンの腕、脚に氷塊が生まれ、枷となる。氷塊はそれぞれ人の頭ほどの大きさがあり、重さでリンは気をつけの形となる。脚は地面から離れる様子がなく、動きを完全に妨げている。


「少しは足止めになるはず。まだ《カナタノトモガタリ》の準備はできない?」


「まもなくだ」


「二人を送ったらルリムと私は脱出しなければならない。余力を残すのよ」


「こんなの序の口だから大丈夫。それよりダイン、よく聞いてね」


 ルリムが何かを言おうとした時、ルリムの背後からゴトリ、という音がした。


 リンの手脚を塞いでいた氷塊が、役割を失ったかのように床に転がっている。


「そんな……」


 ルリムはもう一度氷塊でリンの四肢を覆う。


 しかし、まるで氷塊は蜃気楼かなにかのように、リンに干渉することがなかった。


 空中に生成されたまま、リンを透過するように床へと落下する。


 リンは大剣を掲げてこちらへ再び歩き出している。


「創霊力を無効化する創霊術アフラタージなんて、見たことも、聞いたこともないね……」


「転移はまだ!?」


 パレアの声にカタバが答える。


「少年! 行けるぞ、そばに来い!」


「ルリム! パレア!」


 リンがすぐ目前まで歩み寄ってきている。“転移”という言葉から状況を察したようで、先ほどより急いだ様子を見せている。


 ダインはこのまま残ったら太刀打ちすることもできず、殺されることを理解していた。


 だけど、自分がここを去ったとして、ルリムとパレアは……


「大丈夫。私達ならなんとかなる。一回離れるだけよ」


 パレアが小さくウインクをする。


 《カナタノトモガタリ》は凄まじい風と、光を湛えている。


「ダイン!」


 ルリムがダインを見つめる。


 ここまで、ずっと共に旅をしてくれた人。


 ダインを支え続けてくれた人。


「アスタ連山の向こう、私の故郷を目指して」


「うん、絶対に、絶対に無事でいてね、ルリム!」


「飛ぶぞ、俺に掴まれ」


 カタバが片腕でダインを抱え込む。供風子から刺されたところからは血が流れている。


 しかし安心感を伴う力強さが腕には残っている。


 《カナタノトモガタリ》が一際激しく光る。


「ダイン、こういう時のセリフ、習ったじゃない」


 ルリムが見て微笑む。


 リンが駆け出す。


 パレアとルリムが戦って生き延びれるとは到底ダインには思えなかった。しかし、パレアとルリムには恐れの感情が全く見えない。


 


「『風と共に』でしょ」


 “生きていれば、また会える”——生きていれば。


 生きることを2人は諦めていないのだ。


 “また会える”ことを疑っていない。


 視界に涙が滲む。


 それなら、僕も信じる。自分と、2人を。


 また会える日を。


 ダインは、一生懸命に笑顔を作って返した。


「うん。『風と共に』」


 リンが大剣を振りかぶる。


 ルリムは言葉を受けて、満面の笑みを返す。



 視界がつむじ風に塞がれ、世界は暗転していく——


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