↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/5

第一話「声が聞こえた日」

第一話「声が聞こえた日」




 三十年前、世界中に突然ダンジョンが現れた。


 黒い岩のような入口の奥には魔物が棲み、見たこともない植物や鉱石があった。そして人間の中には、ダンジョンの力に適性を持ち、魔法を使えるようになる者がいた。


 それから三十年。ダンジョンを探索する探索者は職業になり、コンビニの棚には回復薬が並び、スマートフォンを開けば誰かの探索配信が流れている。魔法は、もう珍しいものではなかった。


 ただし、誰でも使えるわけではない。


 適性検査は、昔は十八歳になってから受けるものだった。それが中学三年生に引き下げられたのは、岸晴斗(きしはると)が小学校に上がる頃のことだ。ダンジョンに入らなくても検査できる魔導具ができて、適性者が通う学校もできたから。社会の授業では、そう習った。教科書には、ほかにもいくつか理由が並んでいた気がするけれど、テストが終わったら忘れてしまった。


 今では、適性が見つかれば探索者育成学校へ進むのが当たり前になっている。もっとも、適性が見つかるのは、ほんの一握りだった。


 晴斗は、探索配信を見るのが好きだった。寝る前に布団の中でスマートフォンを開き、知らない誰かが魔物と戦ったり、見たこともない花を摘んだりするのを眺める。画面の向こうは、自分とは関係のない、ただ面白い世界だった。



ーーー



 検査の日の朝も、Kishi生花店はいつもどおりに開いた。


 晴斗がシャッターを上げると、母はもう奥でバケツに水を張っていた。父は配達用の花束を包みながら、ちらりと時計を見る。


「そろそろ出る時間じゃないか」


「うん。行ってくる」


 奥から、母が顔だけ出した。


「受付、九時半だったよね。受検票持った?」


「持った」


 父も母も、適性はない。花の水を替え、配達をして、季節ごとに店先の顔ぶれを入れ替える。魔法とは縁のない毎日を、晴斗は生まれたときから見てきた。だから自分にも、たぶん適性はない。晴斗は、そう思っている。


 母はそれ以上何も言わず、晴斗の上着の襟を一度だけ直した。いつもなら、そんなことはしない。


 店の前では、ランドセルを背負った妹の日和(ひより)が待っていた。検査の日、中学三年生は学校が休みになるけれど、小学校はいつもどおりだ。


「お兄ちゃん、手」


「なに」


「いいから」


 差し出した手のひらを、日和は自分の手でぺたりと叩いた。


「去年の福引き、一等当てたでしょ。その運が逃げないように、おまじない」


「福引きと検査は関係ないって」


「関係あるかもしれないじゃん。運は大事なんだから」


 十歳とは思えない、きっぱりした言い方だった。晴斗は笑って自転車にまたがった。


「ありがたく受け取っとくよ」


 後ろで母が「気をつけてね」と言うのが聞こえた。



ーーー



 検査会場は、市の総合体育館だった。この地区に住む中学三年生が、学校に関係なくここへ集められる。


 入口には『JDA 適性検査会場』と書かれた立て看板が置かれ、同じ年頃の子どもたちが列を作っていた。制服の子もいれば、晴斗のように私服の子もいる。学校によっては、制服で行くように言われているらしい。ダンジョンと探索者を管理する機関、JDAの職員たちが、受付や案内に立っている。親と一緒に来ている子もいれば、友達同士でふざけ合っている子もいた。受付で受検票を見せると、番号の書かれた札を渡され、体育館の中の待機席へ案内された。


 フロアの奥には白い仕切りがいくつも並び、その向こうで一人ずつ検査が行われているらしい。ときどき、仕切りの中から職員の声が聞こえてきた。


「はい、お疲れさまでした。結果は後日、書面でも届きますので」


 出てきた子の多くは、少しだけ肩を落としていた。中には、ほっとしたように笑っている子もいる。


 晴斗は番号札を握ったまま、パイプ椅子に腰を下ろした。


 隣の席には、紺のブレザーの男子が座っていた。晴斗の中学の制服ではない。脚を組み、スマートフォンの画面を眺めている。画面には、トークの一覧が表示されていた。新しいメッセージは来ていないようだった。


 ふと、その男子が顔を上げた。


「お前、緊張してんの」


「え、僕? ……まあ、少し」


「別に何もしねえよ。手、置くだけだし」


 男子は画面を消し、仕切りのほうへ顎をしゃくった。


「あの奥に魔導具がある。手のひら乗せて、しばらく待つ。適性があれば、頭の中に声がする。で、属性を教えてくれる。それだけ」


「詳しいね」


「親から聞いた」


 当たり前のように言って、男子はまた脚を組み直した。


「たぶん、僕はないと思うけど」


「ふうん」


 男子は特に興味もなさそうに相槌を打った。


「俺はあるよ」


 それは自慢というより、天気の話でもするような口ぶりだった。晴斗が何か返す前に、仕切りの奥から職員が顔を出した。


「次、二百十四番の方」


「俺だ」


 男子は立ち上がり、晴斗のほうを見もせずに仕切りの中へ消えていった。



ーーー



 しばらくして、仕切りの向こうの空気が、わずかに変わった。


 職員の声が、さっきまでより少しだけ大きくなる。


「……属性、雷。確認しました。少々お待ちください、記録しますので」


 待機席のあちこちで、ひそひそ声が上がった。


「今、雷って言った?」


「雷ってあれでしょ、珍しいやつ」


 やがて仕切りから出てきた男子は、平然とした顔をしていた。待機席には戻らず、出口へ向かって歩いていく。ただ、すれ違いざまに見えた口元だけが、わずかに緩んでいた。


 途中で一度だけ足を止め、彼はスマートフォンを取り出して短く何かを打ち込んだ。


 送信したあとも、彼はしばらく画面を見つめていた。口元の笑みが、少しずつ引いていく。やがて、何もなかったようにスマートフォンをポケットへしまい、体育館を出ていった。


「次、二百十五番の方」


 晴斗は慌てて立ち上がった。



ーーー



 仕切りの中は、思っていたよりずっと狭かった。


 長机の上に、両手で抱えられるほどの大きさの台座が置かれている。上面は透明な石の板で、その奥に黒い石がはめ込まれ、細い根のようなものが何本も、石と石のあいだを縫うように走っていた。板の表面には、手のひらの形の印がついている。


「ここに、右手を置いてください。そのまま、楽にしていて大丈夫です」


 職員に言われるまま、晴斗は手のひらを乗せた。石の板はひんやりとしていた。


 何も起きなかった。


 五秒。十秒。


 やっぱりな、と晴斗は思った。福引きの一等の運も、さすがにここまでは残っていなかったらしい。


 そのとき、足の裏が重くなった。


 正確には、重いのは自分ではなかった。体育館の床の下、その下のコンクリートの、さらに下にある土。そこに何かが詰まっていて、ずっしりとした重さと、ざらついた手触りが、靴底を通して伝わってくる。そんな気がした。


『適性を確認しました。能力を付与します――属性・土』


 頭の奥で、声が響いた。


 思っていたよりも、ずっと静かな声だった。


「……え」


 晴斗は手を置いたまま固まった。職員が手元の端末を確認し、穏やかに頷く。


「土属性ですね。確認しました。もう手を離して大丈夫ですよ」


「今の、声……」


「皆さん、聞こえるんですよ。驚きますよね」


 職員は慣れた様子でそう言って、端末に何かを打ち込んだ。



ーーー



 出口の脇の机で、晴斗は一枚のパンフレットを受け取った。表紙には『探索者育成学校 入学のご案内』とあった。


 体育館の外に出ると、植え込みの前に、さっきの男子が立っていた。まだ帰っていなかったらしい。スマートフォンを片手に持ったまま、晴斗に気づいて顔を上げる。


「お前も通ったのか」


「うん。土だった」


「土か」


 男子は少しだけ眉を上げた。


「まあ、普通だな」


「うん」


 晴斗は頷いた。普通。たぶん、そうなのだろう。それでも、口の端が勝手に上がっていくのを止められなかった。


「でも、使えるんだって。僕にも」


 男子は何か言いかけて、やめた。それから、ふいと視線を逸らして歩き出した。


「……じゃあな」


 遠ざかっていく背中を見送ってから、晴斗はスマートフォンを取り出し、家族のグループに打ち込んだ。


『土だった』


 返事は、すぐに来た。


『気をつけて帰っておいで』


 少し遅れて、もう一件。


『おめでとう』


 日和からは、まだ来ない。今ごろは授業中のはずだ。


 晴斗は画面を閉じ、植え込みの前にしゃがみ込んだ。乾いた土に、そっと指先を触れてみる。


 さっきの重さが、ほんの少しだけ、そこにある気がした。






お読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。