↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/87

76.一発も撃たない

10日目の夜明けに、俺たちは石環の内側へ入った。


28人。


配置は、9日かけて、毎晩やり直した。


最後の版は、徹が作った様式で、1枚の紙に収まっている。


『塚・第一形態


 術者13——石環の外に4、内に9。


  火4は外(領域補正のため)。


  土5・水3・風1は内。


 近接8——レイン中央、ガウス右、シグルド左、残り5は交代。


 盾3・回復4——石環の縁。


 弓——リゼ、石環の東の岩の上。


 混合——相馬、俺。使用は指示があるまで禁止。


 指揮——俺。中央後方の岩の上から動かない。』


最後の1行は、レインが書き足したものだ。


彼は、俺の書いた紙を読んで、「ここが抜けている」と言って、自分でペンを取った。


「動かない、って」


「お前が前に出ると、28人が全員お前を見る」


彼は、そう言った。


「城壁のときと同じにしろ。それがいちばん強い」


日が、塚の稜線から出た。


そして、塚が、動いた。


正確には、塚ではない。


塚だと思っていたものが、起き上がった。


高さ200メートルの小山は、山ではなかった。


膝を抱えて、伏せていた。


土と雪が、背中から滑り落ちた。


滑り落ちた下から、青白い氷が出てきた。


立ち上がったとき、それは27メートルだった。


27メートルというのは、俺が3年半、数字としてだけ知っていた高さだ。


画面では、視界に収まる。引けば、全身が入る。


入らなかった。


首を上げて、それでも上が見えなかった。見ようとすると、雪が目に入った。あれの肩から落ちた雪が、まだ降っていたからだ。


伏せていたときの200メートルは、盛られた土のぶんだった。


千年、その上に土と雪が積もっていた。


ヨトゥン。


28人のうち、9人が、その場で膝をついた。


責められない。


俺も、3年半、画面越しに何十回も見た。


実物は、音がなかった。


27メートルのものが立ち上がるのに、音がしない。


俺は、岩の上に立って、旗を上げた。


赤。


「始めます」


第一形態の行動は、11種のうち6種だ。


一、腕の薙ぎ払い(左右)。


 振り上げる前に、必ず右膝が沈む。


二、踏みつけ。


 上体が7度、前に傾く。


三、霜のブレス。


 吸う音が2拍鳴る。1拍目で伏せろ。


四、氷の柱を投げる。


 右腕を後ろに引く。引いた腕の肘の高さで、投げる先が分かる。肘が高ければ遠く、低ければ近く。


五、その場での回転。


 足元の雪が、外へ吹く。


六、咆哮(硬直あり)。


 これが来たら、全員で殴れ。4秒動かない。


俺は、それを、9日かけて28人に叩き込んだ。


紙で渡し、口で言い、実演して、質問を受けた。


そして、質問を歓迎した。


「なぜ右膝なのか」と聞かれたら、答えた。「重心を右に送らないと、あの腕の重さは振れないからです」。


「7度って、どのくらいですか」と聞かれたら、レインに立ってもらって、実際に7度傾けた。


削らなかった。


『※ただし、地脈が濃いところでは——』のような但し書きも、全部残した。


紙は、9枚になった。


「多いです」と言われた。


「多いです」と、俺は答えた。


「でも、削りません」


9枚のうち、3枚は但し書きだけの頁だ。


「ただし」「例外として」「この場合に限り」で始まる行が、全部で41ある。


19日前、俺はそのうちの1行を消した。


いまは、41行ある。


戦闘は、そこから、手順どおりに進んだ。


右膝が沈んだ。


28人が、同時に散った。


腕が、誰もいない雪の上を薙いだ。


上体が7度傾いた。


レインが、その足元から真横へ抜けた。


踏みつけが、空を潰した。


吸う音が、2拍鳴った。


28人が伏せた。


霜が、頭上を通った。


そして、咆哮が来た。


4秒。


俺は、旗を上げた。


赤。


13の上級魔法が、同時に走った。


石環の外から、火が4本。


内から、土の槍が5本。氷の檻が3つ。


そして、リノの《断空》。


12歳の背丈から出た線が、27メートルの膝の裏を、横に通った。


ヨトゥンが、初めて、片膝をついた。


膝が雪に落ちる音は、しなかった。


代わりに、氷原が1回、下から突き上げた。28人のうち、立っていられなかったのが9人。俺も、岩の上で片膝をついた。


石環の外から、火の術者の1人が叫んだ。


「入りました!」


「入りました、じゃないです」


俺は、岩の上から返した。


「何発目が入ったか、数えてください」


「……4発目です!」


「それを、全員に言ってください」


——4発目。



咆哮の硬直は4秒。火の詠唱は、いちばん速い者で1秒弱。


4発で、明ける。


書き足す1行が、また1つ増えた。


『咆哮の4秒で入るのは、火なら4発まで。5発目は、硬直が明けている。』


途中で、1つだけ、紙にないことが起きた。


35分ごろ、ヨトゥンが四(氷の柱を投げる)を出した。


俺は、肘の高さを見て、着弾点を叫んだ。



「東! 石環の外! 火の4人、走れ!」


火の術者4人が、走った。


柱は、彼らが1秒前までいた場所に落ちて、雪を20メートル吹き上げた。



そのあと、火の1人——王都の街の術者で、38歳の女だ——が、こう叫んだ。



「ノルンさん! 石環の外だと、火が届きません!」



——そうだ。



火を外に置いたのは、領域補正を避けるためだ。


だが、外へ逃げれば、逃げたぶん距離が伸びる。


2割の減衰を避けるために、届かなくなる。



俺の紙には、そこが書いていなかった。



「外に置け」までしか、書いていない。



「どうしますか」


彼女が叫んだ。



俺は、1秒で答えた。



「あなたが決めてください」



彼女は、2秒黙って、それから、走って戻った。


石環の内側へ、5歩だけ。



そして、そこから撃った。



2割減った火が、届いた。



戦闘のあと、彼女は俺にこう言った。


「5歩なら、たぶん1割です」


「測ったんですか」


「焦げ跡で測りました」



——ミアと、同じことをしている。



その繰り返しだった。


1時間20分。


俺は、一度も撃たなかった。


撃つ場面が、なかったからだ。


俺の仕事は、旗と、数と、名前だった。


「レイン、右!」


「ヤナ、足元!」


「リノ、待て。まだ待て。——いま!」


「ガウス、下がれ!」


俺は、岩の上から、28人ぶんの位置と、13人ぶんの魔力の残りを、数え続けた。


紙に書いて、伝令に走らせた。


伝令は、徹が選んだ3人で、足の速さではなく字が読める順に選ばれていた。


——攻略とは、こういうものだ。


1年前、火口跡で、俺はそう思った。


7人で竜の第一形態を完封したときだ。


あのとき、俺は先頭にいた。剣を振っていた。指示を出しながら、いちばん前で斬っていた。


いま、俺は岩の上にいる。


剣を、抜いてもいない。


——手が、空いている。


3年半、俺の手が空いていたことは、一度もなかった。


ゲームでは、俺がいちばん強かった。だから、いちばん危ないところは、必ず俺が行った。行くのが、いちばん効率がよかった。


効率の話だった。


いま、いちばん効率がいいのは、俺が岩の上にいることだ。


——だが。


俺は、その1時間20分、ずっと1つのことを考えていた。


指示を出すたびに、口の中で確認していた。


——いま言ったことに、削った行はないか。



——「レイン、右」の「右」に、但し書きはないか。



19日前、俺は、その確認をしなかった。


3人が、西の水路の脇で、書いてあるとおりに踏み込んだ。



1時間20分。



第一形態のHPが、削り切れた。



ヨトゥンの胸から、青白い光が漏れた。



外殻が、内側から割れはじめている。



——第二形態。



俺は、紙をめくった。



『第二形態


  霜核が露出する。再生が始まる。


  行動は11種のうち、四から九。


  再生速度は、削る速度をわずかに下回る。焦るな。


  平均で、ここから48分。』



俺は、旗を上げた。



——ここまでは、全部、書いてあった。



ここから先が、書いていない。



 Lv.533

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。