68.8分の1拍を配る
上級が13人。
それでも、足りない。
ヨトゥンは、上級を13発当てて倒れる相手じゃない。ゲームの24人レイドでも、削り切るのに2時間14分かかった。
削る速度が足りない。
速度を上げる方法は、1つしかない。
混ぜる。
俺は、13人を河原に集めた。
王都の南の、石だらけの河原だ。
周りに何もない。燃えるものも、壊れるものも、人もいない。
そういう場所でないと、教えられない。
「原理は、単純です」
俺は、そう始めた。
「先に唱えた術式を、保持したまま、次の術式を差し込みます。ずらす幅は、1拍の8分の1」
「保持、というのは」
「詠唱が終わっても、放たずに、そのまま持っておくことです」
「……持てるのですか」
「持てます。熱いですけど」
俺は、実演した。
火を保持して、1/8拍で風。《焔嵐》。
河原の石が、100歩ぶん、赤くなって流れた。
13人が、黙った。
「では、やってみてください」
11日かけて、誰も成功しなかった。
暴発が、合計で67回。
67回のうち、41回が同じ形だった。火が保たずに、風だけが先に出る。
俺の41回と、同じだ。
眉を焼いたのが4人。手の甲に水膨れができたのが9人。1人が3日寝込んだ。
——ああ、これだ。
俺は、河原の石に座って、自分の左手を見ていた。
1年前、俺はここと同じような河原で、17日かけて41回暴発した。
眉と前髪が焼けた。左腕に水膨れが並んだ。
セシルは、あのとき、理論から「不可能です」と断言した。
リゼは、焼けた俺の前髪を見て、笑いながら泣いた。
42回目で、混ざった。
——なんで混ざったのか、俺は知らない。
これが、11日で分かったことだった。
俺は、1/8拍を「できる」。
だが、「どうやってできたか」を、俺は説明できない。
『1拍の8分の1、ずらす』
これは、手順じゃない。
結果の記述だ。
「81回唱える」は手順だ。数えられる。
「1拍の8分の1ずらす」は、数えられない。
8分の1を、どうやって測るのかが、書けない。
12日目の朝、河原に、白い髪が来た。
相馬は、13人の暴発を、しばらく見ていた。
そして、こう言った。
「あの。わたし、できますけど」
13人が、一斉に振り返った。
彼女は、河原の真ん中に立って、火を保持して、土を差し込んだ。
《溶岩落》。
石が持ち上がって、持ち上がる途中で赤くなった。
8秒だった。
セシルが、彼女に走り寄った。
「どうやったのですか」
「記事のとおりです」
「記事」
「1拍の8分の1、ずらす」
「それは分かっています。8分の1を、どう測るのですか」
相馬は、そこで、首を傾げた。
「……測ってません」
「え」
「書いてあったので、そうしたら、そうなりました」
セシルが、両手で顔を覆った。
——これだ。
俺は、そのとき、少し笑いそうになった。
この人は、書いてあることは全部できる。
理屈が分からなくても、できる。
疑わないから、できる。
俺は42回失敗した。「本当にできるのか」と思いながらやったからだ。
彼女は、1回もそう思っていない。
書いてあるからだ。
そして、その日の午後に、もう1人出た。
いちばん、想定していなかった人間だった。
「あ」
河原の下流のほうから、声がした。
リゼだった。
彼女は、暇だったので、川面に浮かべた木片を的にして、矢を射っていた。
その矢が、炎を纏って、風で曲がっていた。
「……いま」
セシルの声が、裏返った。
「いま、なにを」
リゼは、弓を下ろして、自分の指を見た。
「なんか、乗りました」
「乗った」
「はい。弓って、引いて、狙って、離すじゃないですか」
「はい」
「その、離す前に一瞬止めるところがあるんです。あそこで火を出して、離すときに風を出したら」
彼女は、もう1本射った。
同じことが、起きた。
「……なんとなく、ここかなって」
セシルが、その場にしゃがみ込んだ。
「あなた、魔術師ですらないでしょう」
「ないです」
「中級も使えないでしょう」
「使えないです。火は種火くらい、風はそよ風くらい」
「なぜできるのですか」
リゼは、こう答えた。
「弓の拍と、同じだったので」
弓の拍。
俺は、それを一度も測ったことがない。
3年半、俺の弓は、狙って、押して、離すだけのものだった。離す直前に一瞬止まる、という感覚が、あの操作のどこにも存在しない。
存在しないものには、乗せられない。
俺は、そこで、腹から笑った。
久しぶりに、大きい声で笑った。
13人が、変な顔をして俺を見た。
——数値を持ってない人間が。
——数値なしで、たどり着いた。
セシルが混ぜられたのは、その3日後だった。
彼女は、理論から入った。
『術式Aの残響が消えるまでの時間』を測って、『術式Bの立ち上がりの時間』を測って、その差分を計算して、数字で1/8を出した。
「0.14秒です」
彼女は、そう言った。
「1拍を1.1秒とすると、8分の1は0.1375秒。測れます」
——3人。
俺は、河原の石に座って、3人を見ていた。
相馬は、書いてあったからできた。
リゼは、弓の拍と同じだったからできた。
セシルは、秒で測ったからできた。
3人とも、入り口が違う。
そして、13人には、まだ1人も渡っていない。
◇
その夜、俺は紙を広げて、混合魔法の手順を書こうとした。
『一、火を保持する。
二、1拍の8分の1、ずらす。
三、風を差し込む。』
3行、書けた。
そして、そこで止まった。
この3行は、俺が3年半前に書いた記事と、1文字も違わない。
その記事を暗記した人間が1人、いま外にいる。
その記事を読んで42回失敗した人間が、いまここにいる。
同じ紙で、結果が正反対になる。
俺は、ペンを置いた。
——相馬の言ったことは、まだ、1ミリも崩れていない。
◇
だが、翌朝、俺は1つだけ、やり方を変えた。
手順を、3通り書いた。
『混合魔法——入口は3つある。合うものを1つ選べ。
入口A(数える人向け)——術式Aの残響が消える時刻と、Bの立ち上がりを、秒で測る。差は0.14秒。セシル・ウェインの方法。
入口B(体で覚える人向け)——自分がすでに持っている「拍」に乗せる。弓なら離す直前。剣なら踏み込みの着地。リゼット・アルマの方法。
入口C(疑わない人向け)——書いてあるとおりにやる。相馬菫の方法。
※3つとも正しい。自分に合わないものを選ぶと、俺のように42回失敗する。』
◇
これを配って、6日目。
2人、出た。
1人は、王都の水路の技師だった。入口A。秒で測って、混ぜた。
もう1人は、灰狼の若手だった。入口B。槍を突く拍に乗せた。
入口Cは、誰もいなかった。
当然だ。
この世界に、俺の書いたものを疑わずに読める人間は、1人しかいない。
——5人。
相馬、リゼ、セシル、水路の技師、灰狼の若手。
指を折ってから、気づいた。
6人だ。
俺を、入れ忘れていた。
1年前、この世界に混合魔法を撃てる人間は、俺と、名前も知らない白い髪の女の、2人だけだった。
◇
その3通りの紙を、相馬に見せた。
彼女は、入口Cの行を、指でなぞった。
『入口C(疑わない人向け)——書いてあるとおりにやる。相馬菫の方法。』
そして、こう言った。
「わたし、これ、褒められてるんですか」
俺は、少し詰まった。
「……半分は」
「もう半分は」
「もう半分は、注意書きです」
彼女は、鼻から息を吐いた。
「正直でいいと思います」
そして、紙を返しながら、こう付け足した。
「3つに増やしたのは、いいと思います。でも」
「はい」
「塚には、入口が書いてないですよね」
——刺さった。
この人は、この3か月、一言も言わなかった。
言わなかったが、見ていた。
そして、開けば必ず、いちばん薄いところに刺してくる。
Lv.503




