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68/87

68.8分の1拍を配る

上級が13人。


それでも、足りない。


ヨトゥンは、上級を13発当てて倒れる相手じゃない。ゲームの24人レイドでも、削り切るのに2時間14分かかった。


削る速度が足りない。


速度を上げる方法は、1つしかない。


混ぜる。


俺は、13人を河原に集めた。


王都の南の、石だらけの河原だ。


周りに何もない。燃えるものも、壊れるものも、人もいない。


そういう場所でないと、教えられない。


「原理は、単純です」


俺は、そう始めた。


「先に唱えた術式を、保持したまま、次の術式を差し込みます。ずらす幅は、1拍の8分の1」


「保持、というのは」


「詠唱が終わっても、放たずに、そのまま持っておくことです」


「……持てるのですか」


「持てます。熱いですけど」


俺は、実演した。


火を保持して、1/8拍で風。《焔嵐》。


河原の石が、100歩ぶん、赤くなって流れた。


13人が、黙った。


「では、やってみてください」


11日かけて、誰も成功しなかった。


暴発が、合計で67回。


67回のうち、41回が同じ形だった。火が保たずに、風だけが先に出る。


俺の41回と、同じだ。


眉を焼いたのが4人。手の甲に水膨れができたのが9人。1人が3日寝込んだ。


——ああ、これだ。


俺は、河原の石に座って、自分の左手を見ていた。


1年前、俺はここと同じような河原で、17日かけて41回暴発した。


眉と前髪が焼けた。左腕に水膨れが並んだ。


セシルは、あのとき、理論から「不可能です」と断言した。


リゼは、焼けた俺の前髪を見て、笑いながら泣いた。


42回目で、混ざった。


——なんで混ざったのか、俺は知らない。


これが、11日で分かったことだった。


俺は、1/8拍を「できる」。


だが、「どうやってできたか」を、俺は説明できない。


『1拍の8分の1、ずらす』


これは、手順じゃない。


結果の記述だ。


「81回唱える」は手順だ。数えられる。


「1拍の8分の1ずらす」は、数えられない。


8分の1を、どうやって測るのかが、書けない。


12日目の朝、河原に、白い髪が来た。


相馬は、13人の暴発を、しばらく見ていた。


そして、こう言った。


「あの。わたし、できますけど」


13人が、一斉に振り返った。


彼女は、河原の真ん中に立って、火を保持して、土を差し込んだ。


《溶岩落》。


石が持ち上がって、持ち上がる途中で赤くなった。


8秒だった。


セシルが、彼女に走り寄った。


「どうやったのですか」


「記事のとおりです」


「記事」


「1拍の8分の1、ずらす」


「それは分かっています。8分の1を、どう測るのですか」


相馬は、そこで、首を傾げた。


「……測ってません」


「え」


「書いてあったので、そうしたら、そうなりました」


セシルが、両手で顔を覆った。


——これだ。


俺は、そのとき、少し笑いそうになった。


この人は、書いてあることは全部できる。


理屈が分からなくても、できる。


疑わないから、できる。


俺は42回失敗した。「本当にできるのか」と思いながらやったからだ。


彼女は、1回もそう思っていない。


書いてあるからだ。


そして、その日の午後に、もう1人出た。


いちばん、想定していなかった人間だった。


「あ」


河原の下流のほうから、声がした。


リゼだった。


彼女は、暇だったので、川面に浮かべた木片を的にして、矢を射っていた。


その矢が、炎を纏って、風で曲がっていた。


「……いま」


セシルの声が、裏返った。


「いま、なにを」


リゼは、弓を下ろして、自分の指を見た。


「なんか、乗りました」


「乗った」


「はい。弓って、引いて、狙って、離すじゃないですか」


「はい」


「その、離す前に一瞬止めるところがあるんです。あそこで火を出して、離すときに風を出したら」


彼女は、もう1本射った。


同じことが、起きた。


「……なんとなく、ここかなって」


セシルが、その場にしゃがみ込んだ。


「あなた、魔術師ですらないでしょう」


「ないです」


「中級も使えないでしょう」


「使えないです。火は種火くらい、風はそよ風くらい」


「なぜできるのですか」


リゼは、こう答えた。


「弓の拍と、同じだったので」


弓の拍。


俺は、それを一度も測ったことがない。


3年半、俺の弓は、狙って、押して、離すだけのものだった。離す直前に一瞬止まる、という感覚が、あの操作のどこにも存在しない。


存在しないものには、乗せられない。


俺は、そこで、腹から笑った。


久しぶりに、大きい声で笑った。


13人が、変な顔をして俺を見た。


——数値を持ってない人間が。


——数値なしで、たどり着いた。


セシルが混ぜられたのは、その3日後だった。


彼女は、理論から入った。


『術式Aの残響が消えるまでの時間』を測って、『術式Bの立ち上がりの時間』を測って、その差分を計算して、数字で1/8を出した。


「0.14秒です」


彼女は、そう言った。


「1拍を1.1秒とすると、8分の1は0.1375秒。測れます」



——3人。



俺は、河原の石に座って、3人を見ていた。



相馬は、書いてあったからできた。


リゼは、弓の拍と同じだったからできた。


セシルは、秒で測ったからできた。



3人とも、入り口が違う。



そして、13人には、まだ1人も渡っていない。



   ◇


その夜、俺は紙を広げて、混合魔法の手順を書こうとした。



『一、火を保持する。


 二、1拍の8分の1、ずらす。


 三、風を差し込む。』



3行、書けた。



そして、そこで止まった。



この3行は、俺が3年半前に書いた記事と、1文字も違わない。



その記事を暗記した人間が1人、いま外にいる。


その記事を読んで42回失敗した人間が、いまここにいる。


同じ紙で、結果が正反対になる。



俺は、ペンを置いた。



——相馬の言ったことは、まだ、1ミリも崩れていない。


   ◇



だが、翌朝、俺は1つだけ、やり方を変えた。



手順を、3通り書いた。


『混合魔法——入口は3つある。合うものを1つ選べ。


 入口A(数える人向け)——術式Aの残響が消える時刻と、Bの立ち上がりを、秒で測る。差は0.14秒。セシル・ウェインの方法。


 入口B(体で覚える人向け)——自分がすでに持っている「拍」に乗せる。弓なら離す直前。剣なら踏み込みの着地。リゼット・アルマの方法。


 入口C(疑わない人向け)——書いてあるとおりにやる。相馬菫の方法。


 ※3つとも正しい。自分に合わないものを選ぶと、俺のように42回失敗する。』


   ◇



これを配って、6日目。



2人、出た。



1人は、王都の水路の技師だった。入口A。秒で測って、混ぜた。


もう1人は、灰狼の若手だった。入口B。槍を突く拍に乗せた。



入口Cは、誰もいなかった。



当然だ。



この世界に、俺の書いたものを疑わずに読める人間は、1人しかいない。



——5人。



相馬、リゼ、セシル、水路の技師、灰狼の若手。



指を折ってから、気づいた。



6人だ。



俺を、入れ忘れていた。



1年前、この世界に混合魔法を撃てる人間は、俺と、名前も知らない白い髪の女の、2人だけだった。


   ◇


その3通りの紙を、相馬に見せた。



彼女は、入口Cの行を、指でなぞった。


『入口C(疑わない人向け)——書いてあるとおりにやる。相馬菫の方法。』



そして、こう言った。



「わたし、これ、褒められてるんですか」



俺は、少し詰まった。



「……半分は」


「もう半分は」


「もう半分は、注意書きです」



彼女は、鼻から息を吐いた。



「正直でいいと思います」



そして、紙を返しながら、こう付け足した。


「3つに増やしたのは、いいと思います。でも」


「はい」


「塚には、入口が書いてないですよね」



——刺さった。



この人は、この3か月、一言も言わなかった。


言わなかったが、見ていた。


そして、開けば必ず、いちばん薄いところに刺してくる。



 Lv.503

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