67.名前を書き留める
3か月かかった。
内訳を書く。
『火《紅蓮嵐》——4人到達。
土《巌壁槍》——5人到達。
水《氷牙の檻》——3人到達。
風《断空》——1人到達。
合計、13人。』
24人のうち、11人が届かなかった。
7人は、途中でやめた。
『やめどき』の項に該当したのが5人。自分の判断でやめたのが2人。
7人とも、生きて帰ってきた。3人は、半年後にもう一度やると言っている。
2人が、二度と唱えられない体になった。
1人は喉。1人は右の魔力路。どちらも、やめどきの兆候が出る前に、いきなり来た。
そして。
2人が、死んだ。
1人目は、マレン・ドス。19歳。王都の東の、パン屋の娘だ。
講堂で、リノの隣に座っていた。2人とも背が低いので、いちばん前の席にいた。
彼女は、土に挑んだ。
地割れの底で、63回目まで唱えた。前提は全部満たしていた。やめどきの兆候も出ていなかった。
上から、石が落ちた。
手順とは、関係がない。
地割れは崩れる。3年に1度は崩れる。この街の石工なら誰でも知っている。
彼女は、たまたま、崩れた日に、そこにいた。
2人目は、トビアス・レーン。31歳。
灰狼の魔術付き。3か月前、凍った湖の底で、俺と一緒に47回を唱え切った男だ。
上がってきて、泣いた男だ。
『私の師は、これを追いかけて死にました』
『莫迦じゃ、なかった。穴を、1つしか開けなかっただけだ』
彼は、水を持っていた。
だから、風も取りにいった。
俺は、止めなかった。
止める理由が、1つもなかったからだ。
前提は満たしていた。格は156。詠唱耐性がある。息の刻み方も、彼はいちばんうまかった。
24人の中で、いちばん死なない人間だった。
風の契は、海の崖でやる。
嵐の日、海に突き出した崖の突端で、風上に向かって、《疾風刃》を64回。
追い風ではない。向かい風だ。吹きつけてくる風に向かって、刃を出し続ける。だから途中から、自分の出した刃が押し戻されて、自分に返ってくる。
それに耐える。
彼は、64回、唱え切った。
契が、生えた。
そして、その3秒後に、倒れた。
医者は、こう書いた。
『心の臓が止まっている。理由は分からない』
傷も見てもらった。返り刃の痕は、肩と背中に11。どれも浅い。リノのぶんを受けたのも、その中に入っている。
同じ崖で、同じように返り刃を受けた者は、3か月で7人いた。倒れたのは、彼だけだ。
いちばん後ろに立ったことと、心の臓が止まったことは、繋がらない。
医者に、3つ聞いた。
前に同じ死に方を見たことがあるか。ない、と言われた。
契が生えた瞬間に何が起きるのか。知らない、と言われた。
防げたか。
3つ目だけ、返事に時間がかかった。
「分かりません」
「……はい」
「分からない、というのは、慰めではありません。わたしが調べる方法を持っていない、という意味です」
「はい」
「持っている人がいたら、教えてください。わたしが習いに行きます」
俺は、その紙を、10回くらい読んだ。
前提は満たしていた。
やめどきの兆候は、出ていなかった。
契は、成立していた。
彼は、届いた。
届いて、死んだ。
——書ける項目が、ない。
前提に足せるものがない。やめどきに足せるものもない。
次に同じことが起きても、俺は同じ紙を渡す。
それが、いちばん、きつかった。
◇
ヤナが、俺のところへ来たのは、その2日後だった。
彼女は、目が腫れたまま、まっすぐ立って、こう聞いた。
「ノルンさん。1つだけ、教えてください」
「はい」
「あの人が水を取った日、わたしは辞退しました」
「……はい」
「あの日、わたしがやめると言ったとき、あなたは止めませんでした」
「はい」
「なんで、風のときは止めなかったんですか」
俺は、その質問を、受けた。
受けて、答えた。
「あの日、あなたは足りていませんでした。数字が」
「はい」
「トビアスさんは、全部足りていました」
「……」
「止める根拠が、1つもなかったんです」
ヤナは、しばらく黙って、それから、こう言った。
「根拠がないと、止めないんですね」
俺は、答えられなかった。
彼女は、それ以上責めずに、頭を下げて出ていった。
責められたほうが、まだ楽だった。
◇
葬儀は、2つとも王都でやった。
パン屋の親父は、俺に何も言わなかった。
灰狼からはヴィオが来て、棺の前で30秒立って、帰った。
ヤナが、ずっと泣いていた。
彼女は、湖の底で、トビアスと同時に柱を上げた人間だ。
◇
その夜、俺は、手順書の最終頁を開いた。
白紙だった。
俺は、そこに、表題を書いた。
『この手順で死んだ者』
そして、2つ、名前を書いた。
『マレン・ドス(19) 土 63回目 落石
トビアス・レーン(31) 風 64回目 契の直後』
グレイスに見せたのは、翌朝だった。
彼女は、その頁を、しばらく見ていた。
そして、こう言った。
「消しなさい」
「……」
「これを載せれば、誰も試さなくなります」
俺は、答えた。
「試さない人がいるほうが、いいんです」
グレイスは、杖の頭に両手を重ねた。
「1つ、伺います」
「はい」
「マレン・ドスは、この手順で死んだのですか」
——来た。
「落石です。手順とは関係ありません」
「はい」
「でも、この手順を読んだから、あの子はそこにいました」
「地割れは3年に1度崩れます。俺は、それを書いていませんでした」
「書けましたか」
「書けました」
俺は言った。
「書けたのに、書かなかったんです。石工に聞けば分かることでした」
グレイスは、長いこと黙っていた。
それから、手を出した。
「ペンを」
俺は、渡した。
彼女は、その頁の、俺が書いた2つの名前の上に、1行足した。
『この手順の公開を承認した者 グレイス・オルデン(78)』
「……先生」
「わたしは、反対のままです」
彼女は、ペンを返した。
「反対のまま、承認しました。それは、あなたと同じ重さです」
「……」
「あなた一人で数えるつもりだったのですか?」
俺は、その頁を、閉じられなかった。
13人の顔合わせは、その3日後だった。
講堂に、13人が並んだ。
いちばん端に、背の低い子が立っていた。
右手に、肘まで火傷の跡がある。
リノ・カラム、12歳。
彼女は、風の《断空》に届いた1人だった。
トビアスと、同じ日に、同じ崖で。
「……あなたが」
俺は、そこで、言葉が続かなかった。
彼女は、掠れた声で、こう言った。
「トビアスさんが、わたしの風下に立ってくれました」
「え」
「風上に向かって撃つやり方だと、返ってきた刃が、後ろの人に飛ぶんです。だから、あの人が、いちばん後ろに立ちました」
——書いていない。
順番のことは、俺の紙のどこにも書いていない。
あの人が、その場で決めた。
リノは、火傷の残る右手を、握って開いた。
「それ、書いてもらえますか」
俺は、頷いた。
◇
その夜、俺は前提の項に、1行足した。
『※風の契を複数人で行う場合、最も体力のある者を、いちばん風下に置くこと。
トビアス・レーンの案。』
13人の名前を、俺は全部覚えた。
覚えるのに、意味があるかは分からない。
だが、この13人を、俺は塚に連れていく。
火が4人。ミリアの弟が1人と、院の第二級が2人と、王都の街の術者が1人。
土が5人。うち3人が院の人間で、2人が北の術者。
水が3人。ヤナと、灰狼の若手が1人と、王都の水路の技師が1人。
風が1人。リノ。
風が1人しかいないのは、契がいちばん重いからだ。
嵐の日を待たないといけない。崖の突端に立たないといけない。自分の刃が返ってくる。
3か月で、崖の突端に立ったのは7人。
届いたのは、1人。
12歳が、1人。
俺は、その配分を見ながら、こう思った。
——足りない。
ヨトゥンは氷だ。火が要る。だが塚では火が2割落ちる。
風は、氷を削るのにいちばん効く。
その風が、1人。
相馬は、この3か月、一言も言わなかった。
講義にも来た。地割れにも湖にも来た。
何も言わなかった。
それが、いちばん痛かった。
Lv.500




