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65/87

65.24人いる

ヴェルンハイムに戻って、俺は3日、宿の部屋から出なかった。


今度は、地図を睨んでいたわけじゃない。


数字を潰していた。


足りないものを、1つずつ書き出した。


『格が足りない。俺486、要700。


 人数が足りない。いま実質1人、要24人。


 火が2割落ちる。塚の領域補正。


 時間が足りない。討伐に2時間14分。』


上から順に、潰し方を考えた。


格700。


これは、無理だ。


486から700まで、214ある。地脈喰いを全部の裂け目で回しても、1周で8つそこそこしか上がらない。1周19日、7周で133日——4か月半かけて、56だ。


そのあいだ、氷は南へ来る。


そもそも、裂け目は3つ凍っている。


——無理だ。


俺は、その行に線を引いた。


次の行を見た。


人数が足りない。いま実質1人、要24人。


俺は、そこで、手が止まった。


——待て。


俺はずっと、この4行を「同じ形の問題」として見ていた。


足りないものが4つある。全部足りない。だから無理だ。


違う。


格700は、上げられない。時間も縮められない。領域補正は世界の側のものだ。


だが、人数は、違う。


人は、作れる。


ゲームでは、24人でヨトゥンを削った。


その24人は、格700が24人という意味じゃない。


内訳がある。


盾役が3。回復が4。近接が8。遠距離と術者が9。


そして、術者に要求されるのは、格ではなく——


上級魔法を撃てるかどうかだ。


上級を1発撃つのに必要な格は、四元素どれも120前後。


それ以上あっても、威力はほとんど変わらない。上級は、格ではなく術式で決まっている。


——120。


この街に、格120以上の術者は、6人いる。


王都には、たぶん20人以上いる。


足りている。


足りていないのは、格じゃない。


契だ。


そして、契の取り方は——


俺の机の上に、全部書いてある。


4日目の朝、俺は詰所へ行った。


ヴィオ、ハルダ、灰狼の幹部が5人。ガウス、リゼ、トビアス、ヤナ、徹。そして相馬。


12人が、長机に座っていた。


俺は、紙を1枚、机の真ん中に置いた。


『24人、作ります』


説明に、1時間かかった。


上級魔法は、格ではなく契で決まる。


契の取り方は、前提込みで書き上がっている。火・土・水は完成、風は王都のセシルが第二稿を上げている。


必要な格は120前後。この大陸に、それを満たす術者は80人以上いる。


そのうち3か月で到達できるのは、たぶん3割。


24人には、届く。


「3か月だ」


ヴィオが、算盤を弾きながら言った。


「金は」


「王都と院と、ギルドと、この街で割ります」


「いくらだ」


「金貨2400枚」


ヴィオの手が、算盤の上で止まった。


「……あんた、竜1頭の値段を知ってて言ってるな」


「1180枚でした」


「2頭ぶんだぞ」


「はい」


「出す」


彼女は、算盤を置いた。


「うちの取り分の全部と、来年の前借りだ。街が凍ったら、どうせ全部紙屑になる」


そこから、机が動きはじめた。


ハルダが、いちばん先に立ち上がった。


「あたし、募集を出す。うちの掲示板と、ギルドと、市の門」


「条件は」


「格120以上の術者。それだけでいいのか」


「もう1つあります」


俺は、紙をめくった。



「途中でやめてもいい、と告知に書いてください」



ハルダの手が、止まった。


「……募集に、そんなこと書くのか」


「書きます」


「集まらねえぞ」


「集まらなくていいです」


俺は言った。



「やめられない人が来ると、死にます」



ハルダは、しばらく俺を見て、それから、鼻から息を吐いた。


「……あんた、そういうとこは、ぶれねえな」


ハルダが「募集の告知は、うちの掲示板と、ギルドと、市の門の3か所だ」と言った。


トビアスが「講師は私とヤナで。王都から誰か来ますか」と言った。


ガウスが「近接は俺が見る。8人ぶんだな」と言った。


リゼが「わたし、弓の子を探してきます」と言った。


そして、徹が手を挙げた。


「あの。これ、進行表いります?」


「進行表」


「3か月で24人育てるんすよね。同時に24人は無理っす」


彼は、指を折った。


「講師が2人でしょ。地割れも湖も1か所ずつでしょ。待ち行列ができます」


「……」


「あと、脱落した人の枠、繰り上げるかどうかも決めとかないと」


ヴィオが、徹を見た。


「……坊主。あんた、何者だ」


「コンビニっす」


「なんだそりゃ」


「あー。夜の店番です」


——回りはじめた。


俺は、机の端で、それを見ていた。


12人が、それぞれの持ち場の話をしている。


俺が言ったのは「24人作ります」の1行だけで、あとは全部、この人たちが自分で作りはじめた。


——残せばいい。


1年前、白銀の甲冑の男が言った。


『お前が死んだら、この世界には何も残らない』


俺は、それに何も返せなかった。


紙を書いた。40枚書いた。それでも彼は取り下げなかった。「書いた者が死ねば、書けなかったことは消える」と言われた。


24人は、消えない。


俺は、そのとき、初めて、あの指摘に届いたと思った。


そして、部屋の隅で、椅子が鳴った。


相馬が、立ち上がっていた。


全員が、そっちを見た。


彼女は、机まで来なかった。


立ったまま、少し離れたところから、こう言った。


「ノルンさん」


「はい」


「わたしを見てください」


俺は、彼女を見た。


「わたし、あなたの書いたものだけでできてます」


「3年、あなたの記事どおりに生きてきました。狩場も、契も、拍の取り方も、全部そこから取りました。この世界の誰より、あなたの文章に忠実です」


「……はい」


「そして、書いてないことは、何ひとつできません」


彼女は、外套の左側を、手で押さえた。


腰から膝まで、縫った跡がある側だ。


「この前、氷で転びかけたの、見ましたよね」


「見ました」


「あれ、3年で4回目です」


「……」


「わたし、毎回、同じ形で転ぶんです。書いてないところで」


彼女は、そこで、机の12人を見渡した。


そして、言った。


「あなたは、これを、24人つくろうとしてるんですよ」


部屋が、音を失った。


俺は、反論しようとした。


口を開けた。


言葉が、出てこなかった。


理由は、はっきりしている。


彼女が言っていることは、全部、正しい。


俺が渡すのは、紙だ。


紙に書いてあることは、俺が3年半で拾ったものの、2割もない。


残りの8割は、俺の中にある。地形の癖、音の響き方、雪の乗り方、獣の足跡。書くほどでもないこと。


24人は、その2割で作られる。


そして、塚には、書いてないことしかない。


ヴィオが、低く言った。


「先生。返事は」


俺は、答えられなかった。


代わりに、こう言った。


「……3日、ください」


相馬は、それを聞いて、少しだけ笑った。


例の、半拍遅い笑い方だった。


そして、部屋を出るときに、こう言った。


「また、あとなんですね」


   ◇


その夜、俺は宿の窓辺で、机に紙を並べた。


左に、24人の内訳。


右に、相馬が言ったこと。



『あなたは、これを、24人つくろうとしてるんですよ』



俺は、その1行を、何度も読んだ。



反論の材料は、探せばあった。


彼女は3年ひとりだった。誰も隣にいなかった。24人には講師が付く。ガウスが近接を見る。ヴィオが兵站を回す。環境が違う。


そう言えば、たぶん、この場は収まる。



だが。



環境の話じゃない。



彼女が言ったのは、こうだ。


「書いてないところで、毎回、同じ形で転ぶ」。



3年で4回。



同じ形で、4回。



つまり、彼女は、転んでも学習しないのではない。


転んだ場所は、ちゃんと覚える。


転んでいない場所を、想像できないのだ。



そして、それは——



紙で育った人間の、構造的な欠陥だ。



24人は、紙で育つ。



塚には、紙に書いていないものしかない。



俺は、蝋燭を消した。



3日、と言った。



3日で、答えが出るとは思っていなかった。



 Lv.495

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