↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
64/88

64.推奨レベル700

ハウグの家で、俺は6日を使った。


シグルドが口伝を口に出して、俺がそれを書き取る。1日2つか3つが限界だった。


彼は、思い出すのに時間がかかる。5代前から声だけで渡されてきたものだ。紙は1枚もない。


「口伝は、あと11ある。半分は嘘だ」


——選ぶのは、俺だ。


11個は、こうだった。


『一、氷の巨人は、左胸に心臓を置かぬ。』


——保留。


ゲームでは、ヨトゥンの弱点は左胸の霜核だ。24人レイドの解説記事にも、俺自身が書いた。


だが、引っかかることが1つある。第三形態に、霜核の位置が移動する演出モーションがある。当たり判定は変わらない。ただの見栄えだ、と当時は言われた。


俺も、そう書いた。


この世界では、演出という概念がない。


だから、保留にした。判断は、現場でする。


『二、巨人の吐息を吸えば、七日眠る。』


——嘘。


ヨトゥンのブレスに睡眠効果はない。あるのは凍傷だ。


たぶん、吸って倒れた者が動かなくなったのを、眠ったと見たのだろう。


7日眠るのではなく、死んでいる。


『三、柱の足元では、火が燃えぬ。』


——本当。


塚の周囲500歩で、火属性の威力が2割落ちる。ゲームでは領域補正と呼ばれていた。攻略記事に必ず書いてある。


「燃えぬ」は誇張だが、「弱る」は正しい。


これは、大きい。


火が2割落ちるということは、俺の切り札の火が、あそこでは2割弱いということだ。


『四、巨人は影を持たぬ。』


——嘘。


見た目の話だ。全身が半透明の氷なので、影が薄い。それだけ。


『五、巨人の血は、雪を溶かさぬ。』


——本当。


体液が氷属性なので、雪に落ちても溶けない。


これは戦闘で使える。血の跡を追えば、どこを削ったか分かる。


『三』は、その場で試した。


塚の外縁から500歩の位置に線を引いて、内と外で《火球》を1発ずつ撃った。


外は、いつもどおり。


内は、焦げ跡の直径が2割小さかった。


ミアが、その2つの焦げ跡を、歩幅で測って回った。


「外が11歩! 中が9歩!」


「ありがとうございます」


「これ、なんの意味があるの?」


「火が2割弱くなる、って意味です」


「2割って、どのくらい?」


「5発撃って、4発ぶんです」


「ふーん」


彼女は、9歩のほうの焦げ跡の縁を、靴の先でなぞった。


「こっち、まんなかが濃いね」


「濃いですか」


「濃い。外のは、まんなかも端も、おんなじ黒」


——それも、書いておく。


彼女は、9歩の焦げ跡の前でしゃがんで、こう言った。



「じゃあ、火の人は、外から撃たなきゃだめだね」



俺は、そこで、彼女を見た。



——それだ。



俺は「火が2割弱くなる」までしか考えていなかった。


弱くなるなら、外から撃てばいいという発想が、出ていなかった。


理由は、簡単だ。


ゲームでは、射程内なら威力は同じだ。距離で減衰しない。だから「外から撃つ」という選択肢が、俺の頭の中に最初から存在しない。


この世界では、距離が意味を持つ。



俺は、11個目の口伝の下に、1行足した。



『※火の術者は、領域の外に置く。ミア・ハウグの案。』



そうやって、6日で11個を仕分けた。


本当が4つ。嘘が4つ。


判定できないものが、3つ残った。


1つは『一』だ。左胸の話は、現場で見るまで決められない。


『十、三たび鐘が鳴れば、柱は目を開く。』


鐘。この山に鐘はない。ヴェルンハイムにはある。


意味が分からない。


そして、最後の1つ。


『十一、柱に名を呼ばれた者は、帰らぬ。』


俺は、これを書き取ったとき、ペンを止めた。


「シグルドさん」


「なんだ」


「これ、名を呼ばれるって、どういう意味ですか」


「知らん」


「巨人が、喋るんですか」


「聞いたことがない」


「じゃあ、なんで」


「知らん」


彼は、そこで初めて、少しだけ苛立った顔をした。


「5代前で切れとると言ったろう。俺が知っとるのは、音だけだ」


——音だけ。


意味の分からない言葉を、5代、音だけで渡してきた一族がいる。


意味が分からないのに、捨てなかった。


捨てなかったから、いま、俺の手元にある。


   ◇


7日目の朝、俺たちは山を降りた。


シグルドは、家の前まで見送りに出て、そこで初めて、俺の名を呼んだ。


「ノルン」


「はい」


「柱に関わってない、と言ったな」



俺は、そこで、足を止めた。



彼は、俺の顔を見ていなかった。


塚のある北のほうを見ていた。



「掟は、5代前で理由が切れとる」


「……はい」


「理由の切れた掟を守るのは、俺の勝手だ」


彼は、そこで、ようやくこっちを向いた。



「だが、家に入れんのと、一緒に行くのは、別だ」



「……」



「呼べ。行く」



俺は、頭を下げた。


嘘をついたことを、そのとき、謝らなかった。


謝ったら、この人は「掟を破った」ことになる。



   ◇


ヴェルンハイムへ戻る道で、俺はもう1つの仕事をした。


ヨトゥンの数字を、書き出す。


3年半、一度も忘れたことのない数字だ。


だが、この世界に来てから、一度も紙に書いていない。


書きたくなかったからだと思う。


『ヨトゥン


 推奨 格700


 人数 24


 平均討伐時間 2時間14分


 行動 11種


 形態 3段


 覚醒後の範囲 半径210キロ』


書き終えて、俺は紙を見た。


しばらく、見ていた。


俺の格は、486だ。


この世界の最強は、レイン・アシュフォード。たぶん180台。


Sランクは大陸に3人。全員200そこそこ。


上級魔法の使い手は、この世界に7人。俺、セシル、院の3人、トビアス、ヤナ——いや、相馬を入れて8人か。数えるのも変な話だ。


足りているものが、1つもない。


俺は、その紙を、ガウスに見せた。



彼は、数字を読めない。だから、読み上げた。



読み終えると、彼は、こう聞いた。


「その700ってのは、どのくらいだ」


「……ガウスさんが、いま130くらいです」


「130」


「その5倍と、ちょっとです」


ガウスは、5本の指を立てて、それを2回、見た。


彼は、しばらく考えて、それから、豪快に笑った。



「駄目じゃねえか」


「駄目です」


「駄目なんだな?」


「駄目です」



そこで笑えるのが、この人の強さだと思う。


「勝てないのですか」


セシルの声——ではない。彼女は王都だ。


聞いたのは、トビアスだった。


俺は、初めて、正直に答えた。


「今は、無理です」


隊列が、静かになった。


「じゃあ、逃げますか」


リゼが、後ろから聞いた。


軽い口調だった。彼女はいつも、いちばん重い質問を、いちばん軽く聞く。


俺は、首を振った。


「逃げると、ヴェルンハイムが凍ります」


「半径210キロです」


俺は、地図を出して、塚を中心に円を引いた。


円の中に、ヴェルンハイムが入った。


サルヴが入った。ハウグの家が入った。


北方の集落が、17個入った。


そして、円の縁が、王都まであと60キロのところを通っていた。


「逃げる先がないんです」


俺は言った。


「南に2か月歩いても、冬が追いついてきます」


   ◇


その日の夜、街道の宿で、ヴィオからの報せが届いた。


灰狼の伝令が、馬を潰して追いついてきた。


『霜の使徒 この10日で 北街道に41体


  うち、市の門から6キロの地点に11体


  団の負傷12、死亡2


  ——先生、戻れ』


俺は、その紙を見て、日付を数えた。


俺が街道で10体を処理したのが、5か月前。


あのとき、この街の周りに霜の使徒が出るのは、月に1度あるかないかだった。


いま、10日で41体。


加速している。


俺は、紙を折って、懐に入れた。


——加速している理由を、俺は知っている。


霜の使徒を狩れば狩るほど、覚醒が早まる。


この5か月、俺は狩った。灰狼も狩った。街道を通る隊商を守るために、必ず狩った。


狩らなければ、人が死ぬからだ。


それは、正しい。


正しいことを、5か月やった。


その請求書が、どこかで来る。


俺は、そのとき、それを「いつか」だと思っていた。


4か月後だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。