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32.竜殺しの条件

準備に、17日を使った。


その17日で、俺がやったことを順番に書く。


   ◇


【一、鉱石】


《竜牙の大剣》は、そのままでは竜に通らない。


正確には、通るには通る。竜種に対する与ダメージが5割増える。だがそれでは足りない。


必要なのは《竜殺し》の属性付与だ。付与すれば、さらに150パーセント上乗せになる。


付与には、《焔心鉱》が要る。


そして、黒鉄坑道の第三坑道の鉱脈は、削り取られていた。


   ◇


だが、俺は覚えていた。


——第二採掘点がある。


黒鉄坑道の、第五坑区。地図の隅の、行き止まりに見える場所。


ここには《焔心鉱》の鉱脈が、もう一つある。


なぜ誰も使わなかったかというと、非効率だからだ。


第五坑区は坑道の最深部で、往復に半日かかる。しかも湧いているのが坑道主(Lv120)で、通り抜けるには戦闘が要る。第三坑道なら入口から4半刻で着く。


——だから、当時の連中は、全員が第三坑道を使った。


俺たちが作った攻略の手引きにも、第三坑道しか書かれていない。


   ◇


先客は、第三坑道を掘っていた。


つまり、あいつも、テンプレを読んでいた側の人間だ。


——付け入る隙が、そこにある。


   ◇


俺は第五坑区で坑道主を4体倒し、《焔心鉱》を必要量の3倍だけ掘って持ち帰った。


   ◇


【二、上級土魔法】


《巌壁槍》の取得条件は、こうだ。


一、地震のあった日から3日以内であること。

二、地割れの底に降りること。

三、中級土魔法《岩塊》を、地割れの壁に向けて、途切れずに81回唱えること。


——地震。


この条件のせいで、この魔法はゲームでも取得者が少なかった。地震を待つしかないからだ。


だが、今は。


   ◇


竜が目覚めてから、竜骨山脈では毎日のように地面が揺れていた。


地脈を吸っている影響だ、とセシルは言った。


南麓の峡谷には、新しい地割れが7本、走っていた。


   ◇


俺は、その底に降りた。


81回。


火の108回に比べれば、楽なものだった。


 スキル欄に、新規項目が追加されました。

 《巌壁槍》——上級土魔法


   ◇


これで、四元素のうち三つ。火、風、土。


——三重は、いけるか?


俺は、その計算を、頭の隅に置いた。


   ◇


【三、セシル】


17日目の朝、俺はセシルの天幕へ行った。


「セシルさん」


「はい」


「風と、土の、上級の取得手順を、書きました」


   ◇


俺は、羊皮紙を2枚、差し出した。


セシルは、それを受け取らなかった。


「……なぜ、今なのですか」


「必要だからです」


俺は言った。


「あの竜と戦うには、地脈の台座を4基、同時に壊す必要があります。壊すには、上級の土が要ります」


「私に、それを覚えろと」


「はい」


「あなたが独りで4基壊すことは」


「できません。同時じゃないと駄目なので」


   ◇


セシルは、羊皮紙を見ていた。


そして、こう言った。


「これは、必要だから渡すのですね」


「はい」


「必要でなければ、渡さないのですね」


「……はい」


「火の《紅蓮嵐》は、入っていませんね」


「入っていません」


   ◇


彼女は、顔を上げた。


「なぜですか」


「今回の戦いに、要らないからです」


「私は、20年待ちました」


「知っています」


「そして、学籍を失いました」


「……はい」


「その私に、あなたは今、『必要な分だけ』を渡すのですか」


   ◇


俺は、逃げなかった。


「はい」


「……」


「それが、俺の答えです」


   ◇


俺は言った。


「セシルさん。あなたの言っていることは、正しいです。俺は一度も、反論できていません」


「……」


「でも、俺は、まだ渡し方を知りません」


「渡し方」


「配れば、俺は独り占めをやめられます。でも、配った先を選べません」


俺は言った。


「あの日、ステインの掲示板に鉄の場所を貼ったとき、俺は最後に一行、書き足しました。『明日のことは知りません』と」


「……知っています。読みました」


「あれが、今の俺にできる精一杯なんです」


   ◇


セシルは、長いこと黙っていた。


やがて、羊皮紙を受け取った。


「受け取ります」


「……はい」


「ですが、これで終わりではありません」


彼女は言った。


「竜が片付いたら、続きを話します」


「はい」


「私は、待つとは言っていません」


「……はい」


「今日も、言いません」


   ◇


【四、軟膏】


準備の16日目に、俺は荷の一番奥から、油紙の包みを出した。


メルの綴じ紙だ。


   ◇


竜の炎で焼かれたら、どうするか。


これは、俺の知識にない。


ゲームでは、火傷は「体力が減る」というだけの現象だった。回復ポーションを飲めば戻る。焼けた皮膚がどうなるかなんて、実装されていない。


だが現実では、焼けた皮膚は、ポーションを飲んでも元に戻らない。


北街道で《焔嵐》を撃った日、俺の左腕は肘から先の感覚が消えた。回復薬を3本飲んでも、感覚は3日戻らなかった。


   ◇


俺は、綴じ紙を開いた。


『青灰色の葉。火傷に効く。これはよく効く。これはとてもよく効く。3回試して3回とも効いた。まだ名前を知らない。』


   ◇


『まだ名前を知らない』


その一行の下に、彼女は、葉の形を描いていた。


拙い絵だった。だが、葉の縁の鋸歯の数まで、几帳面に数えて描いてあった。


   ◇


俺は、その絵を、峡谷を歩き回って探した。


3日目に、見つけた。


沢の北向きの岩陰に、群生していた。


青灰色の、細長い葉。


ゲームには、存在しない植物だった。


採取ポイントですらない。ただの背景の草だ。


   ◇


俺はその葉を両手いっぱいに摘み、綴じ紙の別のページにあった手順で——潰して、油と混ぜて——軟膏を作った。


作りながら、俺はずっと考えていた。


   ◇


——13歳だった女の子が、そこから2年かけて、自分の手で試して、書いた。


俺は、3年半かけて、他人が検証した数字を暗記した。


どっちも、情報だ。


だが、こっちのほうが、明らかに、重い。


   ◇


俺は、軟膏の壺を7つ作って、全員に配った。


「なんだこりゃ」


ガウスが匂いを嗅いだ。


「火傷の薬です。効きます」


「なんで分かる」


「……試した人がいるので」


   ◇


【五、編成】


出発の前夜、8人が焚き火を囲んだ。


俺、ガウス、セシル、リゼ、レイン、ドロテア、それと騎士が2人。


8人。


——推奨人数と、同じだ。


俺は、それを言わなかった。


   ◇


俺は、地面に竜の絵を描いて、作戦を説明した。


第一形態。ブレスの前兆。爪の薙ぎの方向。翼打ちのあとの4秒。誰がどこに立ち、誰が何拍目に踏み込むか。


第二形態への移行。台座4基。同時破壊の合図。


尾の付け根。


説明に、2刻かかった。終わったとき、焚き火が小さくなっていた。


   ◇


「一つ、聞きたい」


レインが口を開いた。


「なぜお前がそれを知っている、とはもう訊かない」


「……はい」


「だが、一つだけ」


彼は、火を挟んで俺を見た。


「お前は、これを、誰から聞いた」


   ◇


俺は、その質問を、少し意外に思った。


「なぜ知っている」ではなく、「誰から聞いた」。


   ◇


考えてみれば、その通りだった。


俺が知っていることは、俺ひとりで見つけたものじゃない。


火球108回を見つけたのは、祭壇で意味もなく火を撃ち続けていた変わり者だ。


静寂の祭壇の条件を割り出したのは、3週間かけて総当たりした数百人だ。


12本のレバーの順番に気づいたのは、壁画を数えた誰かだ。


8分の1拍という言葉をくれたのは、音楽をやっていた男だ。


   ◇


俺は、火を見ていた。


そして、初めて、半分だけ本当のことを言った。


「……遠いところから、来たんです」


「遠いところ」


「ここと、同じ形をした場所です」


   ◇


焚き火が、ぱち、と鳴った。


「そこには、俺と同じことをしてる連中が、何万人もいました」


俺は言った。


「その全員が、少しずつ調べて、少しずつ持ち寄って、それを積み上げてました」


「……」


「俺が知ってるのは、その積み上げです」


   ◇


誰も、何も言わなかった。


やがて、レインが言った。


「……ひとりで見つけたのではないのだな」


「はい」


「なら、少しは安心した」


彼は言った。


「ひとりで見つけたのなら、お前が死んだら消える。だが、持ち寄ったものなら——」


彼は、そこで言葉を切った。


そして、こう続けた。


「持ち寄る場所を、こっちにも作ればいい」


   ◇


俺は、顔を上げた。


   ◇


ドロテアが、火に枝をくべた。


「支部の掲示板に、一枠作るか」


彼女は言った。


「『誰かが確かめたこと』を貼る枠だ。依頼票じゃない。報酬もない。ただ、誰かが試して分かったことを、書いて貼る」


「……マスター」


「トトにやらせる。あの子は掲示板が好きらしいからな」


   ◇


俺は、その言葉を聞いて、しばらく火を見ていた。


——ああ。


——そうか。


そういうやり方が、あったのか。


   ◇


俺が持っているものは、制度に載らない。出所を説明できないからだ。


だが、この世界の人間が自分で確かめたことなら、載る。


メルの綴じ紙みたいなものが、あと100冊集まれば。


   ◇


「ノルンさん」


リゼが、隣に座った。


「明日、勝てますか」


「勝てます」


「即答ですね」


「勝てるので」


彼女は少し笑って、それから、真顔になった。


「じゃあ、明日は、わたしの言うことも聞いてください」


「……え」


「あなた、数字を見てるでしょう」


彼女は言った。


「わたしは見えません。でも、見えないぶん、別のものを見てます」


「……」


「明日、あなたの数字に載ってないことが起きたら、わたしが言います」


   ◇


俺は、彼女の顔を見た。


「……お願いします」


「はい」


   ◇


その夜、寝る前に、俺はステータスウィンドウを開いた。


 Lv.350

 装備:《竜牙の大剣》(竜殺し付与済)/《朽ちた儀礼剣》(段階5・儀礼剣アルヴェイン)

 スキル:《剣術Ⅷ》《危険察知》《不屈》《看破》《紅蓮嵐》《断空》《巌壁槍》


Lv350。


推奨は400。


——50、足りない。


   ◇


俺は、ウィンドウを閉じた。


足りないぶんは、7人で埋める。


そういう戦い方を、俺は、この1年で覚えた。

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