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31/87

31.竜が起きた

竜骨山脈の南麓に、村が3つある。


——あった、と書くべきかもしれない。


   ◇


報せが王都に届いたのは、俺たちが着いて9日目の朝だった。


「南麓のロヴァル村、ハーン村、シェイド村。3村とも、焼失」


騎士団の伝令が、広間で読み上げた。


「生存者、およそ600。避難路を南へ。……原因は」


伝令の声が、そこで止まった。


「原因は、竜です」


   ◇


広間が、ざわついた。


「竜? 竜ってのは、あの飛竜のことか」


「飛竜が村を3つも焼くか」


「飛竜じゃない」


伝令は言った。


「体長、およそ40歩。背に4対の翼。鱗が黒く、関節から光が漏れていると」


   ◇


俺は、椅子から立ち上がっていた。


——カオスドラゴン。


   ◇


このゲームの、中盤の壁だ。


推奨レベル400。討伐推奨人数8。平均討伐時間47分。


俺が最初に倒したのは、Lv430のときだった。当時のトップ層で8人パーティを組んで、3回全滅して、4回目でようやく落とした。


俺のノルンが、初めて「攻略」という言葉を使った相手だった。


   ◇


ゲームでは、こいつは「イベント」だった。


サーバー全体に告知が出て、決められた日時に竜骨山脈に湧いて、トップ層が集まって倒す。倒すと素材が配られて、次の週にまた湧く。


祭りだった。


   ◇


現実では。


——村が、3つ、消えた。


   ◇


「ノルン」


ドロテアの声だった。


彼女は王都に来ていた。ステインの支部長として、地方の被害報告を上げに来ていたのだ。


「あんた、その顔は何だ」


「……」


「知ってるって顔だ」


   ◇


俺は、答えを選ぶ時間がなかった。だから、こう言った。


「知っています」


   ◇


その日の午後、王城の一室に、8人が集められた。


騎士団から2人。レインと、その上官。


魔術院から1人。セシルは学籍停止中だが、「北街道の生存者」として特例で呼ばれた。


ギルドから、ドロテア。


そして、俺、ガウス、リゼ。


   ◇


「まず、事実を」


ドロテアが口を開いた。


「あれは、討伐できるのか」


   ◇


全員が、俺を見た。


   ◇


俺は、覚悟を決めた。


「できます」


「根拠は」


「……知っているからです」


   ◇


「どこまで知ってる」


「全部です」


俺は言った。


「行動、弱点、必要な装備、倒し方。全部知っています」


   ◇


沈黙があった。


レインの上官——40がらみの騎士団長が、机を指で叩いた。


「なぜ知っている」


「言えません」


「言えない、で通ると思うのか」


「思いません」


俺は言った。


「ですが、時間がありません。信じるか、信じないかを決めてください」


   ◇


ドロテアが、笑った。


短く、乾いた笑いだった。


「私は信じるよ」


「マスター」


「こいつは、79日でDに上がった。谷筋を知ってて、群生地を知ってて、露天の鉄を知ってた。全部、誰も知らないことだ」


彼女は火傷の残る腕を組んだ。


「そのたびに、私は『どうやって知った』と聞いた。一度も答えなかった。だが、一度も外れなかった」


「……」


「私は、当たるほうに賭ける」


   ◇


レインが、うなずいた。


「俺も賭ける」


「アシュフォード卿」


「団長。あの男は、北街道で400人を助けました。判断の速さは私が保証します」


   ◇


騎士団長は、しばらく黙って、それから言った。


「……分かった。話せ」


   ◇


「まず、規模から」


俺は、机の上の地図を引き寄せた。


「あの竜は、俺の見積もりで、この場の全員を合わせても届きません」


「なに」


「格が違います」


俺は、《看破》の目盛りで説明した。


「Sランクの方の格を『特上』とします。大陸に3人と聞いています」


「そうだ」


「あの竜は、その3人が同時にかかっても、たぶん足りません」


部屋が、静まり返った。


「……勝てないということか」


「勝てます」


俺は言った。


「正面からやれば負けます。手順どおりにやれば、勝てます」


「手順」


「はい。あれは、決まった動きしかしません」


俺は指を4本立てた。


「一つ。ブレスの前に、必ず尾の先が3度跳ねます。喉が鳴る前です。3度跳ねたら、全員が岩陰に入る。これで死者が出なくなります」


「……」


「二つ。爪の薙ぎ払いは、反時計回りにしか来ません。だから、時計回りに動けば、絶対に当たらない」


「三つ。翼を打ったあと、必ず4秒の硬直があります。攻撃は、そこにだけ入れる」


「四つ」


俺は、地図の上に指を置いた。


「弱点は、喉の逆鱗ではありません」


「待て」


騎士団長が遮った。


「竜の弱点は喉だ。古い記録に、そう書いてある」


「その記録は、間違っています」


「根拠は」


「喉の逆鱗の下には、二重の骨があります。剣は通りません」


俺は言った。


「本当の弱点は、尾の付け根の、古い傷跡です」


「古い傷跡?」


「あの個体は、ずっと昔に、そこを一度やられています。鱗が再生していません」


「なぜそんなことを」


「言えません」


   ◇


——言えるわけがない。


あれは、ゲームのデザインだ。


カオスドラゴンには「弱点部位」というものが設定されていて、それが尾の付け根だった。設定資料に「かつて古竜との争いで負った傷」という一行の説明がついていた。


つまり俺は、開発の設定資料を根拠に喋っている。


   ◇


「もう一つあります」


俺は続けた。


「これがいちばん重要です」


「なんだ」


「あの竜は、体力が半分を切ると、形態が変わります」


「形態」


「体の色が変わって、動きが速くなります。そして——」


俺は、地図の山脈の一点を指した。


「地脈を吸いはじめます」


   ◇


「地脈?」


セシルが顔を上げた。


「地脈というのは、魔術院の用語です。地下を走る魔力の流れのことです。……あなた、なぜその言葉を」


「吸われると、傷が塞がります」


俺は言った。


「際限なく塞がります。だから、削っても削っても終わらない。止めないと、こちらが先に力尽きます」


「止め方は」


「巣の周囲に、台座が4基あります。それを、同時に壊す」


「同時に」


「片方ずつだと、壊した端から直ります。4基同時です」


   ◇


騎士団長は、地図を睨んでいた。


「……お前は、それを、どうやって知った」


「言えません」


「くそったれが」


彼は、そう言って、机を叩いた。


そして、こう言った。


「だが、そこまで具体的なら、確かめようがある。斥候を出す。尾の付け根に傷があるかどうかだけ、見てこさせる」


   ◇


斥候が戻ってきたのは、2日後だった。


「……ありました」


若い斥候は、震える声で報告した。


「尾の付け根。左側。長さ10歩ほどの、鱗のない傷跡が」


   ◇


その日から、誰も俺に「なぜ知っている」と聞かなくなった。


   ◇


避難路の確保に出たのは、その翌日だった。


南麓から逃げてきた600人が、峡谷の途中で止まっていた。


前方の谷が、燃えていた。


竜のブレスの残り火が、乾いた低木に燃え広がって、火の帯になって峡谷を塞いでいた。


「回り込む道は」


「ありません。あるとすれば、東の尾根越えですが、老人と子供には無理です」


   ◇


俺は前に出た。


「セシルさん。中級水魔法の《氷結》、俺のを見ていてください」


「……何を」


「混ぜます」


   ◇


混合魔法は、階梯を問わない。


上級同士でなくても、中級と上級でも、中級と中級でも、混ざる。


ただし、威力は、元の魔法の階梯に依存する。


今回は威力が要らない。要るのは「同時に成立すること」だけだ。


   ◇


「——凍てつく水よ、繋げ。《氷結》」


冷気が生まれる。


息を吐きながら、そのまま。


「——空を裂く刃よ。《断空》」


   ◇


《氷結界》。


   ◇


冷気が、風に乗った。


風に乗った冷気は、面になった。


峡谷の入口に、幅30歩、高さ8歩の氷の壁が、一息で立ち上がった。


火の帯が、氷の壁にぶつかって、止まった。


   ◇


「今のうちに!」


騎士たちが、避難民を通しはじめた。


老人が、子供が、荷を背負った女たちが、燃える谷の横を、氷の壁に守られて通っていく。


600人が通り終わるまで、17分かかった。


俺は、壁を維持し続けた。


   ◇


最後の一人が通ったとき、氷の壁が崩れた。


俺は膝をついた。


 MP 41/2,180


——ぎりぎりだ。


   ◇


「ノルンさん」


リゼが、水筒を差し出した。


俺は飲んだ。


「……あの、ノルンさん」


「はい」


「今の、混ぜたやつ」


「はい」


「二つ目ですよね」


「そうですね」


「二つ目、いつ覚えたんですか」


「……今です」


「今!?」


   ◇


その夜、俺は野営の天幕で、地図を広げていた。


竜骨山脈の南麓。


竜の巣の位置に、印をつける。


斥候の報告では、南麓の第2峰の、東の火口跡。


   ◇


俺は、その位置を見て、手が止まった。


   ◇


——違う。


   ◇


俺の記憶では、カオスドラゴンの巣は、第3峰の北面だ。


第2峰の東ではない。


   ◇


俺は、地図の上で、二つの点を指で結んだ。


距離にして、直線で40キロ。山を二つ越える。


   ◇


——移動した?


   ◇


ゲームでは、あの竜は決まった場所に湧いた。移動しない。イベントの座標が固定されていたからだ。


現実だから移動した——という説明も、できなくはない。


だが。


   ◇


俺は、地図の上の第2峰の東を見た。


そこは、南麓の3つの村に、いちばん近い場所だった。


   ◇


第3峰の北面から、村までは、山を二つ越える。


第2峰の東からは、まっすぐ降りるだけだ。


   ◇


——誰かが、村のほうへ、動かしたのか。


   ◇


俺は、天幕の中で、しばらく地図を見ていた。


外で、避難民の子供が泣いていた。


   ◇


ステータスウィンドウを開いた。


 Lv.320


   ◇


推奨レベル400まで、あと80。


討伐までに、あと何日ある?


   ◇


俺は、指を折った。


——足りない。

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