↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/27

26.相場を壊す

バルドー・ケインの商売は、4本の柱で立っていた。


一、鉄鉱石の独占。

二、薬草の買い叩き。

三、屑素材の買い取り拒否。

四、情報の遮断。


俺は、この4本を、1本ずつ折ることにした。


期間は、7日と決めた。


   ◇


【1日目・鉄】


バルドーの鉄鉱石は、北の岩塩坑の第三坑区から出る。彼はそこの採掘権を、5年前に領主から買っている。


だから、この地方で鉄を買うには、彼を通すしかない。


——通す必要は、ない。


俺はギルドの掲示板の前に立って、大きな紙を貼った。


『鉄鉱の露天採取点について(無料公開)』


そして、5か所の場所を、地図つきで書いた。


・西の丘陵、崩れた古道の南斜面。露頭あり。1回の採取でおよそ12貫。再生まで6日。

・北街道の第3里程標から東へ400歩、涸れ沢の底。8貫。4日。

・毒沼の西の岩棚。15貫。8日。

・カルナスの廃遺跡の外周、崩れた城壁の下。6貫。3日。

・霧幽宮の外周、東の回廊の裏。20貫。12日。


   ◇


騒ぎになった。


「これ、本当ですか」


駆け出しが群がった。


「本当です。今日行けば、全部あります」


「なんで無料で教えるんですか」


「行ってきてください」


その日の夕方、最初の一団が帰ってきた。


背嚢いっぱいの鉄鉱石を担いで。


   ◇


——なぜ、この5か所を誰も知らなかったのか。


理由は簡単だ。


この世界の人間は、「露天の採取点」という概念を持っていないからだ。


鉄は坑道を掘って採るもの、というのが常識になっている。地面の表面に鉄が転がっているという発想が、そもそもない。


だがこのゲームでは、採取ポイントは地表に置かれている。しゃがんで「採取」を選ぶだけで手に入る。ダンジョンの外周にも、街道の脇にも、無造作に置かれている。


俺は、その位置を、全部覚えている。


   ◇


【3日目・屑素材】


俺は路地裏の錬金術師の店に、駆け出しを20人連れていった。


「なんだこの人数は」


痩せた店主が、うんざりした顔をした。


「スライムの核を、いくらで買いますか」


「11銅貨だが」


「聞きましたね」


俺は振り返った。


20人が、一斉にざわついた。


「雑貨屋、2銅貨ですよ」


「5倍以上じゃないですか」


「聞いてない」


「誰も教えてくれなかった」


   ◇


俺は、掲示板にもう一枚貼った。


『買取価格の実勢一覧(本日調査)』


 スライム核 雑貨屋2銅/錬金師11銅

 角兎の毛皮 商人ギルド3銅/北通りの皮革工房7銅

 森狼の牙 商人ギルド5銅/武具屋の細工方12銅

 鉄殻蟲の殻 商人ギルド買取拒否/魔術具工房18銅

 溶岩トカゲの鱗 商人ギルド9銅/南通りの窯元40銅


   ◇


これが、いちばん効いた。


バルドーの商売の骨は「買い取り価格を知られないこと」だった。


駆け出しは、素材の相場を知らない。だから商人ギルドに持っていく。商人ギルドは相場の3分の1で買う。


だが、この街には、他に買い手がいる。


工房も、窯元も、細工方も、みんな素材を欲しがっている。だが冒険者と直接つながる回路がない。だから商人ギルドから、相場の3倍で買っていた。


——間に立って、両側から取っていたわけだ。


俺がやったのは、その中間を、消しただけだ。


   ◇


【4日目・薬草】


ここは、少し複雑だった。


薬草の値段は、季節で動く。


秋の終わりに疫病が流行りやすいので、その時期に解熱の薬草が高騰する。バルドーはそれを見越して、夏の間に安く買い集める。


——だから、こっちも見越せばいい。


俺は駆け出したちを集めて、こう言った。


「今から3か月後に、白根草の値段が5倍になります」


「なんでそんなことが分かるんですか」


「……勘です」


「またそれですか!」


リゼが横から言った。


   ◇


正確には、勘ではない。


このゲームには、季節イベントがあった。


秋の終わりに「疫病の村」というクエスト群が発生し、解熱系のポーション需要が跳ね上がる。プレイヤーの間では「白根祭り」と呼ばれていて、夏のうちに白根草を買い占めておくのが、毎年の定番の金策だった。


俺はそれを3年、やった。


「今のうちに採って、乾かして、貯めておいてください。売らないで」


「売らないで、どうやって食べるんですか」


——いい質問だ。


「鉄と屑素材で食べてください。今日、値段が3倍になったでしょう」


   ◇


【6日目】


バルドー・ケインは、動いた。


商人ギルドが、鉄鉱石の買取価格を、いきなり倍にした。


そして、薬草の買取も上げた。


「焦ってますね」


ミリアが、帳簿を見ながら言った。


「彼は、駆け出しを『安く使える労働力』として計算していました。その計算が崩れています」


「崩れましたか」


「今日、彼の契約者31人のうち、19人が契約を解除しました」


   ◇


【7日目】


俺は最後の一枚を、掲示板に貼った。


『商人ギルド保有在庫(推定)と、その必要量』


内容は、単純な引き算だった。


バルドーは、この3か月で、鉄鉱石を大量に買い占めていた。値を吊り上げるためだ。


だが、この地方で鉄を消費するのは、武具屋と農具屋と、王国軍の補給廠だけだ。


年間の消費量は、記録から計算できる。


彼が抱えている在庫は、その4年分だった。


   ◇


『鉄鉱石 在庫推定 1,880貫

 この地方の年間消費 およそ470貫

 現在の露天採取による市中供給 1日あたりおよそ60貫


 結論。買い占めた在庫は、今後3年、値がつかない。』


   ◇


その紙が貼られた翌日、商人ギルドの鉄鉱石の値が、暴落した。


在庫を抱えているのはバルドーだけではない。彼に追随して買っていた中小の商人が、一斉に投げた。


   ◇


7日目の夜、ミリアが受付の帳簿を閉じて、こう言った。


「ノルンさん。今日の買取記録を、集計しました」


「どうでした」


「先週、この支部に登録している駆け出しの1人あたりの日銭は、平均で21銅貨でした」


彼女は帳簿の数字を指でなぞった。


「今日は、63銅貨です」


   ◇


——3倍。


俺は、その数字を頭の中で置いた。


宿の相場は一泊8銅貨だ。


21銅貨では、宿に泊まって飯を食ったら、何も残らない。だからギルドの寮の床で雑魚寝することになる。


63銅貨なら、宿に泊まって、飯を食って、まだ40銅貨が残る。


40銅貨あれば、革の胸当てが買える。矢が20本買える。傷の薬が買える。


   ◇


——死ににくくなる。


   ◇


俺がやったのは、それだけだ。


金を配ったわけじゃない。誰かを強くしたわけでもない。


ただ、この街の連中が200年知らなかった値段を、紙に書いて貼った。


   ◇


「もう一つ、ご報告が」


ミリアが言った。


「今週、東の森で怪我をした駆け出しは、ゼロです」


「……先週は」


「4人でした」


   ◇


「相場は、暴力じゃ動きません」


俺は、ギルドの食堂でガウスにそう説明した。


「情報で動きます。誰も知らない情報を持っている人間が、独り占めできる。だから、みんなに配れば、独り占めは終わります」


「……坊主」


ガウスは麦酒を置いた。


「お前、なんでそういうことを知ってんだ」


「勘です」


「もういいわ」


   ◇


一週間後、俺は商人ギルドに呼ばれた。


執務室は、前と同じだった。


だが、机の上の書類の山が、倍になっていた。


バルドー・ケインは、痩せていた。


   ◇


「見事です」


彼は、また自分で紅茶を淹れた。


「7日で、私の5年を壊しましたね」


「……」


「特に、最後の一枚が効きました。あれは、私が何を抱えているかを、私以上に正確に書いていた。どうやって在庫量を?」


「消費量と、あなたの買い付け記録の差分です」


「買い付け記録は、公開していません」


「掲示板に貼られた依頼票の総数から、逆算しました」


バルドーは、しばらく黙った。


そして、笑った。


「……あなたは、私より効率がいい」


   ◇


俺は、その言葉を聞いて、少し、息が止まった。


——効率が、いい。


「ケインさん」


「はい」


「一つ、訂正させてください」


俺は言った。


「俺は、効率で人を動かすのは、もうやめたんです」


「……ほう」


「今回やったのは、その逆です。効率のいい情報を、独り占めしないで配っただけです」


   ◇


「同じことでは?」


バルドーが言った。


「あなたが配った情報で、駆け出したちは動きました。あなたが『ここに鉄がある』と言えば、彼らはそこへ行く。それは、私が『ここで薬草を採れ』と言うのと、どう違うのですか」


   ◇


俺は、その質問に、答えを持っていなかった。


——違わない、のかもしれない。


俺は、掲示板に紙を貼った。あの日、トトに「谷筋がいい」と言ったのと、構造は同じだ。


俺の言葉には、重みがある。オーガを19秒で殺す男の言葉には、重みがついて回る。


だから俺は、今回、書き方を変えた。


『鉄鉱の露天採取点について』の紙の、いちばん下に、俺はこう書いた。


『※これは私が確認した情報です。行く前に、ギルドで直近の注意喚起を必ず確認してください。私の情報は、今日のものです。明日のことは知りません。』


   ◇


「私は、こう書きました」


俺は、そのことをバルドーに話した。


彼は、ふん、と鼻を鳴らした。


「言い訳が書いてあるだけでしょう」


「そうかもしれません」


俺は認めた。


「でも、そこに一行あるだけで、読んだ人間が、一回、止まります」


「……」


「止まってくれれば、それでいいんです」


   ◇


商人ギルドを出た。


外は夕暮れだった。


石畳の上を、駆け出したちが歩いていた。背嚢が重そうだ。鉄鉱石を担いでいるらしい。


「ノルンさーん!」


そのうちの一人が手を振った。


俺は手を振り返した。


   ◇


ギルドの前で、トトが掲示板の前に立っていた。


紙を貼り替えている。


彼は俺を見て、少し笑った。


「ノルンさん」


「うん」


「注意喚起、今日から、ぼくが貼ることになりました」


「……そうか」


「ぜんぶ、貼ります」


彼は言った。


「読む人が、面倒くさがっても、貼ります」


   ◇


俺はステータスウィンドウを開いた。


 Lv.250


数字は、この7日で1つも上がっていない。


——上等だ。


俺は、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。