26.相場を壊す
バルドー・ケインの商売は、4本の柱で立っていた。
一、鉄鉱石の独占。
二、薬草の買い叩き。
三、屑素材の買い取り拒否。
四、情報の遮断。
俺は、この4本を、1本ずつ折ることにした。
期間は、7日と決めた。
◇
【1日目・鉄】
バルドーの鉄鉱石は、北の岩塩坑の第三坑区から出る。彼はそこの採掘権を、5年前に領主から買っている。
だから、この地方で鉄を買うには、彼を通すしかない。
——通す必要は、ない。
俺はギルドの掲示板の前に立って、大きな紙を貼った。
『鉄鉱の露天採取点について(無料公開)』
そして、5か所の場所を、地図つきで書いた。
・西の丘陵、崩れた古道の南斜面。露頭あり。1回の採取でおよそ12貫。再生まで6日。
・北街道の第3里程標から東へ400歩、涸れ沢の底。8貫。4日。
・毒沼の西の岩棚。15貫。8日。
・カルナスの廃遺跡の外周、崩れた城壁の下。6貫。3日。
・霧幽宮の外周、東の回廊の裏。20貫。12日。
◇
騒ぎになった。
「これ、本当ですか」
駆け出しが群がった。
「本当です。今日行けば、全部あります」
「なんで無料で教えるんですか」
「行ってきてください」
その日の夕方、最初の一団が帰ってきた。
背嚢いっぱいの鉄鉱石を担いで。
◇
——なぜ、この5か所を誰も知らなかったのか。
理由は簡単だ。
この世界の人間は、「露天の採取点」という概念を持っていないからだ。
鉄は坑道を掘って採るもの、というのが常識になっている。地面の表面に鉄が転がっているという発想が、そもそもない。
だがこのゲームでは、採取ポイントは地表に置かれている。しゃがんで「採取」を選ぶだけで手に入る。ダンジョンの外周にも、街道の脇にも、無造作に置かれている。
俺は、その位置を、全部覚えている。
◇
【3日目・屑素材】
俺は路地裏の錬金術師の店に、駆け出しを20人連れていった。
「なんだこの人数は」
痩せた店主が、うんざりした顔をした。
「スライムの核を、いくらで買いますか」
「11銅貨だが」
「聞きましたね」
俺は振り返った。
20人が、一斉にざわついた。
「雑貨屋、2銅貨ですよ」
「5倍以上じゃないですか」
「聞いてない」
「誰も教えてくれなかった」
◇
俺は、掲示板にもう一枚貼った。
『買取価格の実勢一覧(本日調査)』
スライム核 雑貨屋2銅/錬金師11銅
角兎の毛皮 商人ギルド3銅/北通りの皮革工房7銅
森狼の牙 商人ギルド5銅/武具屋の細工方12銅
鉄殻蟲の殻 商人ギルド買取拒否/魔術具工房18銅
溶岩トカゲの鱗 商人ギルド9銅/南通りの窯元40銅
◇
これが、いちばん効いた。
バルドーの商売の骨は「買い取り価格を知られないこと」だった。
駆け出しは、素材の相場を知らない。だから商人ギルドに持っていく。商人ギルドは相場の3分の1で買う。
だが、この街には、他に買い手がいる。
工房も、窯元も、細工方も、みんな素材を欲しがっている。だが冒険者と直接つながる回路がない。だから商人ギルドから、相場の3倍で買っていた。
——間に立って、両側から取っていたわけだ。
俺がやったのは、その中間を、消しただけだ。
◇
【4日目・薬草】
ここは、少し複雑だった。
薬草の値段は、季節で動く。
秋の終わりに疫病が流行りやすいので、その時期に解熱の薬草が高騰する。バルドーはそれを見越して、夏の間に安く買い集める。
——だから、こっちも見越せばいい。
俺は駆け出したちを集めて、こう言った。
「今から3か月後に、白根草の値段が5倍になります」
「なんでそんなことが分かるんですか」
「……勘です」
「またそれですか!」
リゼが横から言った。
◇
正確には、勘ではない。
このゲームには、季節イベントがあった。
秋の終わりに「疫病の村」というクエスト群が発生し、解熱系のポーション需要が跳ね上がる。プレイヤーの間では「白根祭り」と呼ばれていて、夏のうちに白根草を買い占めておくのが、毎年の定番の金策だった。
俺はそれを3年、やった。
「今のうちに採って、乾かして、貯めておいてください。売らないで」
「売らないで、どうやって食べるんですか」
——いい質問だ。
「鉄と屑素材で食べてください。今日、値段が3倍になったでしょう」
◇
【6日目】
バルドー・ケインは、動いた。
商人ギルドが、鉄鉱石の買取価格を、いきなり倍にした。
そして、薬草の買取も上げた。
「焦ってますね」
ミリアが、帳簿を見ながら言った。
「彼は、駆け出しを『安く使える労働力』として計算していました。その計算が崩れています」
「崩れましたか」
「今日、彼の契約者31人のうち、19人が契約を解除しました」
◇
【7日目】
俺は最後の一枚を、掲示板に貼った。
『商人ギルド保有在庫(推定)と、その必要量』
内容は、単純な引き算だった。
バルドーは、この3か月で、鉄鉱石を大量に買い占めていた。値を吊り上げるためだ。
だが、この地方で鉄を消費するのは、武具屋と農具屋と、王国軍の補給廠だけだ。
年間の消費量は、記録から計算できる。
彼が抱えている在庫は、その4年分だった。
◇
『鉄鉱石 在庫推定 1,880貫
この地方の年間消費 およそ470貫
現在の露天採取による市中供給 1日あたりおよそ60貫
結論。買い占めた在庫は、今後3年、値がつかない。』
◇
その紙が貼られた翌日、商人ギルドの鉄鉱石の値が、暴落した。
在庫を抱えているのはバルドーだけではない。彼に追随して買っていた中小の商人が、一斉に投げた。
◇
7日目の夜、ミリアが受付の帳簿を閉じて、こう言った。
「ノルンさん。今日の買取記録を、集計しました」
「どうでした」
「先週、この支部に登録している駆け出しの1人あたりの日銭は、平均で21銅貨でした」
彼女は帳簿の数字を指でなぞった。
「今日は、63銅貨です」
◇
——3倍。
俺は、その数字を頭の中で置いた。
宿の相場は一泊8銅貨だ。
21銅貨では、宿に泊まって飯を食ったら、何も残らない。だからギルドの寮の床で雑魚寝することになる。
63銅貨なら、宿に泊まって、飯を食って、まだ40銅貨が残る。
40銅貨あれば、革の胸当てが買える。矢が20本買える。傷の薬が買える。
◇
——死ににくくなる。
◇
俺がやったのは、それだけだ。
金を配ったわけじゃない。誰かを強くしたわけでもない。
ただ、この街の連中が200年知らなかった値段を、紙に書いて貼った。
◇
「もう一つ、ご報告が」
ミリアが言った。
「今週、東の森で怪我をした駆け出しは、ゼロです」
「……先週は」
「4人でした」
◇
「相場は、暴力じゃ動きません」
俺は、ギルドの食堂でガウスにそう説明した。
「情報で動きます。誰も知らない情報を持っている人間が、独り占めできる。だから、みんなに配れば、独り占めは終わります」
「……坊主」
ガウスは麦酒を置いた。
「お前、なんでそういうことを知ってんだ」
「勘です」
「もういいわ」
◇
一週間後、俺は商人ギルドに呼ばれた。
執務室は、前と同じだった。
だが、机の上の書類の山が、倍になっていた。
バルドー・ケインは、痩せていた。
◇
「見事です」
彼は、また自分で紅茶を淹れた。
「7日で、私の5年を壊しましたね」
「……」
「特に、最後の一枚が効きました。あれは、私が何を抱えているかを、私以上に正確に書いていた。どうやって在庫量を?」
「消費量と、あなたの買い付け記録の差分です」
「買い付け記録は、公開していません」
「掲示板に貼られた依頼票の総数から、逆算しました」
バルドーは、しばらく黙った。
そして、笑った。
「……あなたは、私より効率がいい」
◇
俺は、その言葉を聞いて、少し、息が止まった。
——効率が、いい。
「ケインさん」
「はい」
「一つ、訂正させてください」
俺は言った。
「俺は、効率で人を動かすのは、もうやめたんです」
「……ほう」
「今回やったのは、その逆です。効率のいい情報を、独り占めしないで配っただけです」
◇
「同じことでは?」
バルドーが言った。
「あなたが配った情報で、駆け出したちは動きました。あなたが『ここに鉄がある』と言えば、彼らはそこへ行く。それは、私が『ここで薬草を採れ』と言うのと、どう違うのですか」
◇
俺は、その質問に、答えを持っていなかった。
——違わない、のかもしれない。
俺は、掲示板に紙を貼った。あの日、トトに「谷筋がいい」と言ったのと、構造は同じだ。
俺の言葉には、重みがある。オーガを19秒で殺す男の言葉には、重みがついて回る。
だから俺は、今回、書き方を変えた。
『鉄鉱の露天採取点について』の紙の、いちばん下に、俺はこう書いた。
『※これは私が確認した情報です。行く前に、ギルドで直近の注意喚起を必ず確認してください。私の情報は、今日のものです。明日のことは知りません。』
◇
「私は、こう書きました」
俺は、そのことをバルドーに話した。
彼は、ふん、と鼻を鳴らした。
「言い訳が書いてあるだけでしょう」
「そうかもしれません」
俺は認めた。
「でも、そこに一行あるだけで、読んだ人間が、一回、止まります」
「……」
「止まってくれれば、それでいいんです」
◇
商人ギルドを出た。
外は夕暮れだった。
石畳の上を、駆け出したちが歩いていた。背嚢が重そうだ。鉄鉱石を担いでいるらしい。
「ノルンさーん!」
そのうちの一人が手を振った。
俺は手を振り返した。
◇
ギルドの前で、トトが掲示板の前に立っていた。
紙を貼り替えている。
彼は俺を見て、少し笑った。
「ノルンさん」
「うん」
「注意喚起、今日から、ぼくが貼ることになりました」
「……そうか」
「ぜんぶ、貼ります」
彼は言った。
「読む人が、面倒くさがっても、貼ります」
◇
俺はステータスウィンドウを開いた。
Lv.250
数字は、この7日で1つも上がっていない。
——上等だ。
俺は、そう思った。




