↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/27

23.12本のレバー

黒鉄坑道は、北の山脈の腹に開いた、廃坑だ。


200年前まで鉄を掘っていたが、地下水脈にぶつかって放棄された。今は溶岩トカゲの巣になっている。推奨レベル90。


俺がここへ来た理由は、二つある。


一つは、溶岩トカゲの経験値だ。境界は180体。今のLv192なら、ちょうどいい。


もう一つは——最奥の封印区画だ。


   ◇


「……で、なんでわたしまで連れてこられたんですか」


背後でリゼが言った。


「危ないところなので」


「危ないなら、なおさら連れてこないでください」


「……それは、そうですね」


「そこは否定してくださいよ」


彼女はぶつぶつ言いながら、それでも半歩も遅れずについてくる。そして、思い出したように胸を張った。


「まあ、いいです。わたしはCランクで、あなたはDランクですから。書類の上では、わたしが引率ということになります」


「……書類の上では」


「書類の上では!」


本当の理由は、言わなかった。


理由は二つある。


一つは、ここで手に入るものの一つが、彼女向けだからだ。


もう一つは——ひとりで行くのが、なんとなく、嫌だったからだ。


水没聖堂で足跡を見つけて以来、俺は隠し部屋に入るのが少し怖くなっていた。


   ◇


坑道は、暑かった。


深くなるほど熱が上がる。壁の岩に、赤く光る筋が走っている。溶岩の脈だ。


溶岩トカゲは、その筋のそばにいた。全長2メートル。背に赤い鱗の帯があって、口から炎を吐く。


「ノルンさん、火が来ます!」


「大丈夫です」


俺は前に出た。


——溶岩トカゲの火は、口を開いてから0.8秒後に出る。


そして、必ず、まっすぐにしか吐かない。曲がらない。


だから、口が開いた瞬間に横へ2歩ずれれば、絶対に当たらない。


俺は2歩ずれて、炎の帯が壁を焼くのを横目に見ながら、トカゲの首を落とした。


「……なんで避けられるんですか、あんな一瞬で」


「口の開き方で分かります」


「分かりませんよ、普通!」


   ◇


179体を4日で詰めた。


Lv207。


そして5日目、俺は最奥へ向かった。


   ◇


封印区画の前は、大きな円形の広間だった。


壁沿いに、鉄のレバーが並んでいる。


数えた。


12本。


「うわ、なんですかこれ」


リゼが顔をしかめた。


「レバーですね」


「見れば分かります。何のレバーですか」


「順番に倒すと、正面の扉が開きます」


彼女は俺を見た。


「……なんで知ってるんですか」


「勘です」


「その勘、いっぺん解剖したいです」


   ◇


順番は、覚えている。


3、7、1、11、5、9、2、12、6、4、10、8。


規則性はない。実装当時、この12本の順番を割り出すのに、日本サーバー全体で3週間かかった。総当たりで組み合わせを試すと4億通り以上あるので、誰かが「坑道の壁画の順番と一致する」ことに気づくまで、誰も開けられなかった。


俺はその壁画を見た。


——あった。


広間の奥の壁に、剥落しかけた壁画がある。12人の坑夫が、鶴嘴を持って並んでいる絵だ。


その並び順が、レバーの順番になっている。


   ◇


「3番」


俺は右から3本目のレバーに手をかけて、倒した。


がこん、と音がした。


「7番」


倒した。


「1番」


倒した。


「11番」


——動かない。


   ◇


俺は、レバーを両手で握って、体重をかけた。


びくともしない。


近づいて見ると、レバーの根元が真っ赤に錆びていた。軸と受け座が完全に固着している。


「……ああ」


俺は、そこで初めて笑った。


「そうか。錆びるのか」


「錆びますよ。鉄ですし」


リゼが当たり前のことを言った。


——当たり前だ。


だが、ゲームの中では、錆びなかった。


このレバーは、実装された日から、俺が最後に触った日まで、まったく同じ動きをした。200年前の設定なのに、油の差した新品みたいに滑らかに倒れた。


現実は、そうじゃない。


200年、誰も触っていない鉄は、200年ぶんの錆をかぶる。


   ◇


「どうするんですか」


「焼きます」


「焼く?」


俺は右手を軸に向けた。


「熱すれば、鉄は膨らみます。膨らんで、錆の層が割れる。割れたら、あとは力任せです」


「そんなことできるんですか」


「火の魔法があれば」


「使えるんですか!?」


——使える。


上級を使うわけにはいかない。あれは山ごと吹き飛ぶ。


俺はセシルに教わった中級火魔法《炎刃》を、軸の一点に絞って当てた。


30秒。軸が赤くなった。


俺はレバーを掴んで、Lv207のSTRで引いた。


ばきん、と音がして、レバーが倒れた。


「開いた!」


「まだです。あと8本あります」


   ◇


5、9、2——


「12番」


俺は広間を見回した。


12番のレバーがあるはずの場所は、瓦礫の山だった。


天井が落ちている。


崩落だ。


「……これは、焼いても無理ですね」


リゼが瓦礫を見上げた。高さ3メートル以上ある。掘るなら3日かかる。


俺は瓦礫を見ていた。


見ながら、頭の中で、この坑道の地図を回していた。


——この壁の向こうは、何だ?


   ◇


俺の記憶にある黒鉄坑道の地図には、この広間の東側に、細い線が走っている。


その線は、どこにも繋がっていない。行き止まりだ。


ゲームでは、入れなかった。入口に鉄格子があって、開かない。マップに描かれているだけの、装飾だった。


だが、それは何のための通路だ?


考えたことがなかった。


——通風孔だ。


坑道には、空気を送る道が要る。地下深くで人が働くなら、絶対に要る。ゲームでは「そういう雰囲気」のために描かれた線が、現実では、本当に機能している。


つまり。


「リゼさん」


「はい」


「そこの鉄格子、壊せますか」


「わたしがですか!?」


   ◇


鉄格子は、俺が蹴り破った。


中は、人ひとりが這って進める幅しかなかった。


暗い。熱い。埃で3回むせた。


30メートルほど這って、俺は瓦礫の向こう側に出た。


そこに、12番のレバーがあった。


   ◇


「12番」


倒した。


「6番」


「4番」


「10番」


「8番」


   ◇


正面の壁が、下から順に、沈んでいった。


   ◇


封印区画の中は、乾いた石室だった。


中央に、石の台。


その上に、大剣が一振り、横たえられていた。


黒い。


刃全体が、黒曜石のような黒だ。だが金属だと分かる。刃元から先端に向かって、白い筋が3本走っている。竜の牙を模した意匠。


 《竜牙の大剣》

 攻撃力 +240

 特殊:竜種に対する与ダメージ+50%

    ※《竜殺し》属性の付与により、さらに+150%


「……うわ」


リゼが息を呑んだ。


「これ、なんですか」


「大剣です」


「見れば分かります!」


   ◇


俺は柄を握った。


重い。


Lv207のSTRでも、片手では持ち上がらなかった。両手で構えて、ようやく振れる。


——これだ。


カオスドラゴンを殺すのに、これが要る。


正確には、これに《竜殺し》属性を付与したものが要る。付与には、特殊な鉱石が必要になる。


《焔心鉱》。


   ◇


「リゼさん」


「はい」


「そこの壁の窪み、覗いてもらえますか」


「窪み?」


彼女は石室の隅を覗いて、「あ」と言った。


引き出したのは、短弓だった。


白木に、緑の蔦のような紋様が走っている。弦は張られていないが、弓身は反りを保ったままだ。


 《風追いの短弓》

 攻撃力 +95

 特殊:矢の射線が風の影響を受けない


「……これ」


リゼは弓を持ったまま、しばらく動かなかった。


それから、俺を見た。


「これ、わたしのために取りに来たんですか」


「たまたまです」


「たまたまで、わたしを連れてきたんですか」


「たまたまです」


彼女は弓を胸に抱えて、そっぽを向いた。


耳が赤かった。


   ◇


上機嫌のまま坑道を出た俺は、そのあと、第三坑道へ向かった。


《焔心鉱》の採掘点があるからだ。


坑道の分岐を右、行き止まりの手前の岩壁。そこに赤黒い鉱脈が露出している。


俺は角を曲がった。


   ◇


——あった。


鉱脈は、そこにあった。


赤黒い、火が透けて見えるような岩の層。


だが。


その中央が、抉れていた。


鶴嘴の跡だ。


新しくはない。だが、200年ものではない。せいぜい、半年か1年か。


必要な量だけ、きれいに、削り取られていた。


   ◇


俺は、その抉れた跡に、手を当てた。


冷たかった。


「ノルンさん?」


リゼが後ろから覗き込んだ。


「どうしたんですか」


「……ここに、あるはずのものが」


「ないんですか」


「ありません」


   ◇


俺は、抉れた岩の縁を、指でなぞった。


水没聖堂の宝箱。


その内側の、薄い埃。


床の砂に残っていた、小さなブーツの跡。


——同じだ。


こいつは、必要なものを、必要なだけ持っていく。


そして、痕跡を隠さない。


隠す必要がないと思っているのか。


それとも——


俺は、暗い坑道の奥を見た。


——見つけてほしい、と思っているのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。