23.12本のレバー
黒鉄坑道は、北の山脈の腹に開いた、廃坑だ。
200年前まで鉄を掘っていたが、地下水脈にぶつかって放棄された。今は溶岩トカゲの巣になっている。推奨レベル90。
俺がここへ来た理由は、二つある。
一つは、溶岩トカゲの経験値だ。境界は180体。今のLv192なら、ちょうどいい。
もう一つは——最奥の封印区画だ。
◇
「……で、なんでわたしまで連れてこられたんですか」
背後でリゼが言った。
「危ないところなので」
「危ないなら、なおさら連れてこないでください」
「……それは、そうですね」
「そこは否定してくださいよ」
彼女はぶつぶつ言いながら、それでも半歩も遅れずについてくる。そして、思い出したように胸を張った。
「まあ、いいです。わたしはCランクで、あなたはDランクですから。書類の上では、わたしが引率ということになります」
「……書類の上では」
「書類の上では!」
本当の理由は、言わなかった。
理由は二つある。
一つは、ここで手に入るものの一つが、彼女向けだからだ。
もう一つは——ひとりで行くのが、なんとなく、嫌だったからだ。
水没聖堂で足跡を見つけて以来、俺は隠し部屋に入るのが少し怖くなっていた。
◇
坑道は、暑かった。
深くなるほど熱が上がる。壁の岩に、赤く光る筋が走っている。溶岩の脈だ。
溶岩トカゲは、その筋のそばにいた。全長2メートル。背に赤い鱗の帯があって、口から炎を吐く。
「ノルンさん、火が来ます!」
「大丈夫です」
俺は前に出た。
——溶岩トカゲの火は、口を開いてから0.8秒後に出る。
そして、必ず、まっすぐにしか吐かない。曲がらない。
だから、口が開いた瞬間に横へ2歩ずれれば、絶対に当たらない。
俺は2歩ずれて、炎の帯が壁を焼くのを横目に見ながら、トカゲの首を落とした。
「……なんで避けられるんですか、あんな一瞬で」
「口の開き方で分かります」
「分かりませんよ、普通!」
◇
179体を4日で詰めた。
Lv207。
そして5日目、俺は最奥へ向かった。
◇
封印区画の前は、大きな円形の広間だった。
壁沿いに、鉄のレバーが並んでいる。
数えた。
12本。
「うわ、なんですかこれ」
リゼが顔をしかめた。
「レバーですね」
「見れば分かります。何のレバーですか」
「順番に倒すと、正面の扉が開きます」
彼女は俺を見た。
「……なんで知ってるんですか」
「勘です」
「その勘、いっぺん解剖したいです」
◇
順番は、覚えている。
3、7、1、11、5、9、2、12、6、4、10、8。
規則性はない。実装当時、この12本の順番を割り出すのに、日本サーバー全体で3週間かかった。総当たりで組み合わせを試すと4億通り以上あるので、誰かが「坑道の壁画の順番と一致する」ことに気づくまで、誰も開けられなかった。
俺はその壁画を見た。
——あった。
広間の奥の壁に、剥落しかけた壁画がある。12人の坑夫が、鶴嘴を持って並んでいる絵だ。
その並び順が、レバーの順番になっている。
◇
「3番」
俺は右から3本目のレバーに手をかけて、倒した。
がこん、と音がした。
「7番」
倒した。
「1番」
倒した。
「11番」
——動かない。
◇
俺は、レバーを両手で握って、体重をかけた。
びくともしない。
近づいて見ると、レバーの根元が真っ赤に錆びていた。軸と受け座が完全に固着している。
「……ああ」
俺は、そこで初めて笑った。
「そうか。錆びるのか」
「錆びますよ。鉄ですし」
リゼが当たり前のことを言った。
——当たり前だ。
だが、ゲームの中では、錆びなかった。
このレバーは、実装された日から、俺が最後に触った日まで、まったく同じ動きをした。200年前の設定なのに、油の差した新品みたいに滑らかに倒れた。
現実は、そうじゃない。
200年、誰も触っていない鉄は、200年ぶんの錆をかぶる。
◇
「どうするんですか」
「焼きます」
「焼く?」
俺は右手を軸に向けた。
「熱すれば、鉄は膨らみます。膨らんで、錆の層が割れる。割れたら、あとは力任せです」
「そんなことできるんですか」
「火の魔法があれば」
「使えるんですか!?」
——使える。
上級を使うわけにはいかない。あれは山ごと吹き飛ぶ。
俺はセシルに教わった中級火魔法《炎刃》を、軸の一点に絞って当てた。
30秒。軸が赤くなった。
俺はレバーを掴んで、Lv207のSTRで引いた。
ばきん、と音がして、レバーが倒れた。
「開いた!」
「まだです。あと8本あります」
◇
5、9、2——
「12番」
俺は広間を見回した。
12番のレバーがあるはずの場所は、瓦礫の山だった。
天井が落ちている。
崩落だ。
「……これは、焼いても無理ですね」
リゼが瓦礫を見上げた。高さ3メートル以上ある。掘るなら3日かかる。
俺は瓦礫を見ていた。
見ながら、頭の中で、この坑道の地図を回していた。
——この壁の向こうは、何だ?
◇
俺の記憶にある黒鉄坑道の地図には、この広間の東側に、細い線が走っている。
その線は、どこにも繋がっていない。行き止まりだ。
ゲームでは、入れなかった。入口に鉄格子があって、開かない。マップに描かれているだけの、装飾だった。
だが、それは何のための通路だ?
考えたことがなかった。
——通風孔だ。
坑道には、空気を送る道が要る。地下深くで人が働くなら、絶対に要る。ゲームでは「そういう雰囲気」のために描かれた線が、現実では、本当に機能している。
つまり。
「リゼさん」
「はい」
「そこの鉄格子、壊せますか」
「わたしがですか!?」
◇
鉄格子は、俺が蹴り破った。
中は、人ひとりが這って進める幅しかなかった。
暗い。熱い。埃で3回むせた。
30メートルほど這って、俺は瓦礫の向こう側に出た。
そこに、12番のレバーがあった。
◇
「12番」
倒した。
「6番」
「4番」
「10番」
「8番」
◇
正面の壁が、下から順に、沈んでいった。
◇
封印区画の中は、乾いた石室だった。
中央に、石の台。
その上に、大剣が一振り、横たえられていた。
黒い。
刃全体が、黒曜石のような黒だ。だが金属だと分かる。刃元から先端に向かって、白い筋が3本走っている。竜の牙を模した意匠。
《竜牙の大剣》
攻撃力 +240
特殊:竜種に対する与ダメージ+50%
※《竜殺し》属性の付与により、さらに+150%
「……うわ」
リゼが息を呑んだ。
「これ、なんですか」
「大剣です」
「見れば分かります!」
◇
俺は柄を握った。
重い。
Lv207のSTRでも、片手では持ち上がらなかった。両手で構えて、ようやく振れる。
——これだ。
カオスドラゴンを殺すのに、これが要る。
正確には、これに《竜殺し》属性を付与したものが要る。付与には、特殊な鉱石が必要になる。
《焔心鉱》。
◇
「リゼさん」
「はい」
「そこの壁の窪み、覗いてもらえますか」
「窪み?」
彼女は石室の隅を覗いて、「あ」と言った。
引き出したのは、短弓だった。
白木に、緑の蔦のような紋様が走っている。弦は張られていないが、弓身は反りを保ったままだ。
《風追いの短弓》
攻撃力 +95
特殊:矢の射線が風の影響を受けない
「……これ」
リゼは弓を持ったまま、しばらく動かなかった。
それから、俺を見た。
「これ、わたしのために取りに来たんですか」
「たまたまです」
「たまたまで、わたしを連れてきたんですか」
「たまたまです」
彼女は弓を胸に抱えて、そっぽを向いた。
耳が赤かった。
◇
上機嫌のまま坑道を出た俺は、そのあと、第三坑道へ向かった。
《焔心鉱》の採掘点があるからだ。
坑道の分岐を右、行き止まりの手前の岩壁。そこに赤黒い鉱脈が露出している。
俺は角を曲がった。
◇
——あった。
鉱脈は、そこにあった。
赤黒い、火が透けて見えるような岩の層。
だが。
その中央が、抉れていた。
鶴嘴の跡だ。
新しくはない。だが、200年ものではない。せいぜい、半年か1年か。
必要な量だけ、きれいに、削り取られていた。
◇
俺は、その抉れた跡に、手を当てた。
冷たかった。
「ノルンさん?」
リゼが後ろから覗き込んだ。
「どうしたんですか」
「……ここに、あるはずのものが」
「ないんですか」
「ありません」
◇
俺は、抉れた岩の縁を、指でなぞった。
水没聖堂の宝箱。
その内側の、薄い埃。
床の砂に残っていた、小さなブーツの跡。
——同じだ。
こいつは、必要なものを、必要なだけ持っていく。
そして、痕跡を隠さない。
隠す必要がないと思っているのか。
それとも——
俺は、暗い坑道の奥を見た。
——見つけてほしい、と思っているのか。




