15.おまえレベルはいくつなんだ
Lv63からLv112まで、22日かかった。
内訳を書いておく。
まず岩塩坑でロックゴーレムを180体。境界は200だが、20体残して切り上げた。
——これは、境界より先に別の壁が来た例だ。
Lv78になった時点で、ロックゴーレム(推奨35)は俺から見て格下になりすぎていた。レベル差ペナルティのほうが、飽き補正より先に効きはじめる。残り20体を消化するより、次へ行ったほうが速い。
境界は「そこまでは満額」という線であって、「そこまで狩れ」という線じゃない。
次に北の丘陵でツノイノシシを240体。これも境界300の手前で、同じ理由で切り上げた。Lv86。
そこから毒沼へ戻って、リザードマンを残り109体。境界400のうち、俺はもう290体倒していた。399で止めて、Lv91。
——ここで一度、詰まった。
Lv90台になると、これまでの狩場では経験値が細くなる。レベル差ペナルティだ。格下を殴っても、入る経験値がどんどん減る。
上の狩場が要る。
そこで俺が向かったのが、西の霧幽宮ヴェルディアの外周だった。
推奨レベル60。中に出る幽鎧は、こっちの攻撃をほとんど通さない厄介な相手だが、外周の回廊にだけ湧く「灯守り」は例外だ。物理耐性が低く、経験値がやたらに高い。
理由は単純で、実装当時のバグの名残らしい。修正されないまま何年も放置されていた。掲示板では「灯守り様」と呼ばれていた。
俺はそこに13日通って、Lv112になった。
◇
Lv112。
この数字が何を意味するのか、俺はしばらく実感がなかった。
実感が湧いたのは、ある夜、リゼと飲んでいたときだ。
「Bランクって、だいたいどれくらいの人がなれるんですか」
「うーん、この街だと今いませんね。ガウスさんくらいじゃないですか」
「ガウスさんはBですよね」
「Bです。この地方で5人くらいしかいないと思います」
「Aは」
「王都に何人か。あと、うちのギルドマスター、昔Aだったって」
「Sは」
「大陸に3人です」
3人。
——大陸に、3人。
俺は麦酒の泡を見ながら、頭の中で並べた。
Fランクの駆け出しがLv10前後。Eランクが20から35。Dランクが35から50。Cランクが50から70。Bランクが70から125。Aランクが125から200。そしてSランクが、その上。
Lv112。
Bランクの、いちばん上のあたりだ。
俺は今、この街のギルドマスター以外の全員より、上にいる。
登録から、2か月とちょっとで。
「ノルンさん?」
「……なんでもないです」
俺は麦酒を飲み干した。
味が、あまりしなかった。
◇
オーガの依頼が来たのは、その3日後だった。
「ノルンさん」
ミリアが手招きした。
「Cランク上限の討伐依頼です。北の街道でオーガが1体。旅商人が3人やられています」
「オーガですか」
「ガウスさんの隊が受けたんですが、1人怪我をして、頭数が足りていません。補助枠でいいので入ってもらえないかと」
「メンバーは」
「ガウスさん、リゼットさん、それとセシル・ウェイン様です」
——豪華だな。
「受けます」
◇
北の街道。
オーガは、街道脇の岩場にいた。
身の丈3メートル。灰緑色の分厚い皮膚。手には引き抜いたばかりの若木を、そのまま棍棒にしている。足元に荷車の残骸が散らばっていた。
推奨レベル68。この世界の基準では、Cランクのパーティが4人がかりで挑む相手だ。
「よし、いつも通りだ」
ガウスが大剣を抜いた。
「俺が正面で受ける。嬢ちゃんは右から目を狙え。セシル殿は足止めを頼む。坊主は——」
彼は俺を見た。
「後ろで、荷物見てろ」
「はい」
俺は素直に頷いた。
——頷いたのだが。
◇
先に動いたのは、オーガのほうだった。
こいつは、待たない。
若木の棍棒が、真横に振り抜かれた。
ガウスが大剣で受けた。受けた瞬間、ガウスの体が2メートル横に飛んだ。
「ぐっ——」
「ガウスさん!」
セシルの詠唱が始まる。3.2秒。
——間に合わない。
オーガは、倒れたガウスに向かって、もう一歩踏み込んでいた。
そこから先の判断に、俺は1秒も使わなかった。
◇
体が、勝手に動いた。
俺は荷物を置いて、走った。
Lv112のAGIは、238ある。この数字がどれくらいかというと、この街の衛兵のおよそ13倍だ。
3年半、俺はこの数字を「移動速度の項目」として見ていた。実際に自分の脚で走ってみると、意味がまるで違う。
地面が、後ろに流れる。
風が、耳の横で潰れる。
10メートルを、たぶん半秒で詰めた。
オーガの左脇に滑り込んで、俺は《朽ちた儀礼剣》を抜いた。
段階4。刃は完全に白銀で、柄は張り替えたばかりのように締まっている。攻撃力+112。
——オーガの行動は、2種類だ。
真横の薙ぎと、真上からの振り下ろし。
そして、振り下ろす前には、必ず右肩が3拍落ちる。
1拍目。オーガの右肩が落ちた。
2拍目。俺は右足を前に置いた。
3拍目。
——ここだ。
俺は踏み込んで、オーガの右膝の裏、腱の走っている一点に刃を入れた。
握らない。乗せる。当たる寸前に、小指と薬指だけ締める。
ずるり、と手応えが抜けた。
オーガが、片膝から崩れた。
崩れながら振り下ろされた棍棒は、俺のいた場所の1メートル横を叩いた。
俺はもう、そこにいない。
崩れた巨体の背に足をかけて、駆け上がった。
首の付け根。
そこに、上から下へ、体重ごと刃を落とした。
◇
——19秒だった。
俺は、オーガの背中から降りて、剣の血を払った。
やってから、気づいた。
しんとしていた。
◇
ガウスが、地面に座り込んだまま、こっちを見ていた。
リゼが、弓を引き絞ったまま、固まっていた。
セシルは、詠唱を途中で止めて、口を半分開けたまま、動きを止めていた。
俺は、剣を鞘に収めた。
収める音が、やけに大きく響いた。
「……あの」
俺は言った。
「怪我、ないですか」
誰も答えなかった。
ガウスが、ゆっくりと立ち上がった。
大剣を杖にして、俺のほうへ2歩、歩いてきた。
そして。
「……お、おまえ」
声が、かすれていた。
「レベルは、いくつなんだ」
◇
俺の頭の中で、計算が走った。
正直に言うわけにはいかない。Lv112は、この街のギルドマスターに並ぶ数字だ。登録2か月半の男が名乗っていい数字じゃない。
かといって、低すぎても嘘になる。今の動きを、Lv50や60でできると思う人間はいない。
——ちょうどいい、嘘の数字は。
「……28くらい、かな」
言った瞬間、自分でも「言いすぎた」と思った。
低すぎた。
ガウスが、目を見開いた。
「28」
「はい」
「28で、オーガの膝を割って、首を落とすのか」
「膝は、腱を切っただけです」
「そういう話をしてるんじゃねえ!」
ガウスが怒鳴った。
初めて聞く声だった。
「28ってのはな、坊主。この街で言えば、E ランクのど真ん中だ。狼3体で息が上がる連中の数字だ。それが、オーガに——」
彼はそこで、言葉を切った。
自分の言っていることが、もう理屈になっていないと気づいたらしい。
大剣を地面に突き刺して、両手で顔を擦った。
「……いや。悪い。怒鳴ることじゃなかった」
「いえ」
「怒鳴ったんじゃない。怖かったんだ」
ガウスは顔から手を離して、こう言った。
「お前が、何なのか分からなくてな」
◇
セシルが、ゆっくり近づいてきた。
彼女は俺の前で立ち止まって、じっと俺の目を見た。
「ノルンさん」
「はい」
「先ほど、あなたは踏み込む前に、右足を置き直しましたね」
「……はい」
「オーガの右肩が落ちるのを、待っていた」
「はい」
「あの巨体の予備動作を、あなたは何度見たことがあるのですか」
俺は答えられなかった。
——数え切れないほど、と言うわけにはいかない。
ゲームの中で、俺はオーガを何百体も倒した。Lv925のノルンにとって、あれは道端の障害物だ。予備動作を「覚えた」のではなく、「知っている」。
「初めてです」
俺はそう答えた。
セシルは、それ以上、何も聞かなかった。
聞かない代わりに、こう言った。
「嘘が下手ですね」
◇
帰り道、リゼが隣に並んだ。
彼女は、ずっと黙っていた。
しばらく歩いて、それから、ぽつりと言った。
「わたし、あなたのこと、崖から飛び降りる人だと思ってました」
「……はあ」
「今日、違うって分かりました」
「何がですか」
リゼは前を向いたまま言った。
「あなた、飛び降りる前に、ちゃんと高さを測る人ですよね」
俺は、思わず彼女の横顔を見た。
「あの崖のとき、あなた、下を2回覗きました。わたし、下から見てたんです。1回目は状況を見てて、2回目は——たぶん、高さを測ってた」
「……」
「今日もそうでした。走り出す前に、一瞬だけ止まりましたよね。あれ、何を測ってたんですか」
俺は、答えなかった。
答えの代わりに、俺の背中を、冷たいものが伝っていた。
この子は、数字が見えていない。
見えていないのに、俺が数字を見ていることに、気づいている。




