銀婚式
レストランから帰り、部屋着でくつろいでいると、妻がテーブルに何かを置いた。
「あ、一文銭」
「懐かしいでしょ。アルマーニの着物もグッチの魚籠もエルメスのザルも、みんな処分しちゃったけど、一文銭はお金だから捨てなかったのよ」
結婚した年、どじょうすくいが流行った。
デパートの紳士服売り場にスーツなど無く、着物や股引き、豆絞りの手ぬぐいばかりだった。
ショーケースには、一文銭や魚籠、ザルが並んでおり、それらを身に着けたマネキンは光り輝いて見えた。
当然、皆その格好で出社して働いた。
そういう年だった。
妻がテレビを消して言った。
「あなた、あの頃の様に踊ってよ」
妻の目は真剣だった。
私は一文銭の穴に紐を通して鼻に付けた。
少しひんやりとして、錆と埃の匂いはあの頃と変わらなかった。
「…出来るかな」
妻が歌う安来節に合わせて、私はどじょうすくいを踊った。
泥に足をとられながら、水を掬ったザルの重さに手首を返しながら、どじょうに翻弄されて上体をくねらせながら。
まだ、私の身体はどじょうすくいを覚えていた。
どじょうすくいは、新婚時代の沢山の思い出を蘇らせた。
私は涙を拭きながら踊り、妻は涙を拭きもせず歌った。
そして、あの頃の様にどじょうは私の手をすり抜けてゆき、私は目一杯滑稽な顔をした。
「…素敵よ、あなた」
その晩、私達は二十五年ぶりに手を繋いで眠った。




