覚醒
どうも、緋絽と申します。
仰々しいサブタイトルですが、あまり深く考えずにお読みください。
「クラモチ」
声を掛けられても私は首にかじりついたままだった。
ぎゅっと締めた腕が外れない。
離れなきゃと思うのに、体が動かない。
「……クラモチ」
頭を優しく何度か叩かれた。泣いている子を慰めるように。
それに、ホウと緊張が解れた。頭にあった手が背中に移動して落ち着かせるように規則的なリズムで叩かれる。
喉がつまった。
やめてよ。今、優しくされたら───。
グッと下唇を噛み締める。きつく目を閉じた。
大丈夫。私は、大丈夫。
首から体を離してレオンの目を見据える。
「……降ろしてください」
「もう平気か」
真顔で言うなデリカシー無男!
久々にそう怒鳴り付けたくなった。
そこは、見て見ぬふりをするところでしょうが!
「へっ、平気ですっ!」
グイグイ肩を押すと、急に体に回っていた腕が外れる。
重力にしたがって私は落下した。
「ぎゃあああっ!」
なんとか着地すると、すでにレオンは私の前にいなかった。
ヘビの拘束から開放されていたアルベルトをチラッと見て、今度は私に目を向ける。
「グリーンが逃がした御者が、本部まで逃げてきた。こいつに援軍を頼まれたと言っていたな。いい判断をした。俺は本隊より少し早く単騎で来たわけだ。もうすぐ本隊が到着する」
レオンが指を鳴らすと、未だに血が滲んでいるアルベルトの肩に氷が張った。
血止めだ。
「だが」
レオンが目を細める。
びくりと体が跳ねた。
あ。私は、間違えたんだ。
「本来、それは伝令役の仕事だ。お前はすぐに戦線を離脱し、本部まで馬を駆けてくるべきだった。わかるな?」
黙ったまま頷く。
わかってる。私が闘ったのは、ただの自己満足だ。
結果としてノックスとアルベルトに怪我を負わせた。───私には、無効化しか対抗する術はないのに!
「……まぁ、今回は俺にも落ち度がある。でかい組織があるかもしれないとわかってて、新兵三人のみを派遣したからな」
気にするなというようにレオンが目を逸らす。
俯いた拍子に緑の髪が見えた。ノックスだ。
私は、そのノックスの顔の青白さに声をあげた。
「ノックス!? どうしたの!?」
アルベルトも顔色が悪いと言えば悪いが、ノックスの方が酷い。
まるで、死人だ。
慌ててしゃがみこみ、ノックスの手を握る。
───冷たい……!
「どうした」
「そうだ……! 魔力切れ……!」
銀の男も言ってたじゃない。『そんなに魔力は多くない』って。
魔力を使いすぎただけって言ってたから。あんまり重大に考えてなかった。
「ど、どうしよう! どうしたらいい、レオン!」
レオンに飛び付く。
魔力切れは、死。
以前聞いた話を思い出してゾッとした。
ノックスが、死んじゃうかもしれない。
体が、震える。
「落ち着け」
低い声が頭の上から降ってきた。
思わずレオンを見上げる。
冷静な目が私を見下ろしていた。なんの感情も見えないような、漆黒の瞳。
「魔力を放出しっぱなしなら話は別だが、こいつは今魔法を使ってない。しばらく休めば目を覚まし、魔力も元に戻る」
その言葉にホッと体から力が抜けた。
「よかった……しばらくって、一週間とか?」
笑みをこぼした私をレオンが一瞥する。
「いや、だいたい───半年だ」
ドクンと心臓が嫌な風に鳴った。
「……え…?」
笑みをうまく消せないまま、問い返す。
「半、年?」
「あぁ。魔法を一切使わずにいればの話だが。まぁ、半年あれば魔法の使い方は鈍るだろう上に、先天性型と違って後天性型のこいつは感覚を取り戻すのにも時間がかかる。それも含めると───」
レオンの口元に視線が集中した。
動くな。言わないで。
そう願った私にお構いなしに、レオンは告げた。残酷な、真実を。
「一年だ。一年で、今のように動けるようになる」
余程酷い顔をしていたのだろう。
レオンが、頭を撫でてきた。
「……気に病むな、クラモチ。アークライトは元々特に魔力が少ない。その上で騎士として、こいつは正しい行いをしたんだ」
「……騎士としてなんか……どーでもいい」
問題は、誰のせいでこうなったか。
───私が、役に立たなかったからだ。
指を握りこんだ。
私は、何一つ役に立ってない。途中から魔法だって使えなくなった。初めて? それが何だって言うの? 実戦に赴く以上、私はせめて足手まといにはなっちゃいけなかったのに!
「ノックス……!」
ノックスのお腹の上に載せられた彼の手を掴む。
先天性型の私の魔力が、移ればいい。それなら、きっと、一年もノックスがいなくなることはない。
そう、思った時だった。
暖かい何かが急速に膨れ上がり、ノックスへ向かった。
私の魔力だ。
そう気づいて慌てて流れ込むのを止めようとしても、魔力は止まらなかった。
私の中でいっぱいいっぱいだった何かが萎んでいく。
「レ、レオン」
怖くなってレオンに呼び掛けると、レオンも驚いたように目を見開いていた。
しかしすぐに心得たように顔をもとに戻す。
「そのまま続けろ。アークライトに異状が起これば止めてやる」
しばらくの間、魔力は流れ続けた。本隊が到着し、アルベルトが救護班に運ばれていく中、私はノックスの手から目を離さなかった。
そして、握ったノックスの手が、暖かくなった頃。
ふと、ノックスが目を覚ました。
「あ……ハルキ?」
その声にハッとノックスの顔を見る。
青白かった顔は元のように血色が良くなっていた。
「ノックス!」
体を起こしたノックスに飛び付く。
「おわっ! えっ、なんだよ? 銀髪は? あれ、隊長? なんでいるんすか?」
「男は撃退した。任務は別の者が交代して遂行する。よくやった」
二人の話し声に、段々瞼が落ちてくる。
あぁ……よかった。ノックスが、目を覚ました。
「は……、ハルキ? ……おい!? ハルキ!!」
そこまで考えて、私はノックスにかじりついたまま、意識を落とした。




