ね、来てくれるでしょ?
どうも、緋絽と申します。お久しぶりです。
一段落したので、更新しました。少し長いです。
お付き合いください!
行動は男の方が早かった。
男が指を鳴らすと馬車の扉部分が黒い靄に覆われ、霞むように溶けてなくなる。
「なっ、なんだ!?」
四肢を縛られている子爵が芋虫のようにウゴウゴと端へ移動する。
わーおアルベルトったら、まるで包帯人間みたいに足の先から肩まで豪快に縛り上げちゃって。逆によくぞそんなに長い紐があったわね。
「やぁ、ポッテーリ子爵。お目覚め?」
ひょいとポッテーリ子爵の頭上から男が顔を覗かせた。さらりと銀糸のような髪がこぼれ落ちる。
ちくしょう、毟りたくなるくらい綺麗な髪しやがって。敵よ、敵! 女の敵!
特に私は剛毛で、美しい髪とはとんと縁がないというのに。さては嫌がらせか。
「貴様は……!」
「ふふ、驚いたろう? まさか来るとは思ってなかった?」
「あぁ……いや、だが……ふっ」
目を見開いていたポッテーリ子爵が顔を俯かせた。そして体をぷるぷると震わせる。
笑っているのだと、少ししてから気付いた。
「クックックッ……ハァッハッハッ!」
悪役のような笑い声に私もアルベルトもぎょっとした。ノックスは魔力切れで驚く余裕さえなかった。
「なっ、何っ?」
「わからない。とりあえず、まずは奴から子爵を引き離そう」
アルベルトが男に向かって手を振ると青い炎が一瞬で燃え上がり、二人に襲い掛かった。
ひー! と全身に鳥肌が立つ。
さ、さすがアルベルト。さっきから寸分違わず、やることに些かの躊躇いもない。こっちでは私の方が異質な考え方なんだろうけど(何しろ命のやり取りがあることが普通)、こっちの速攻命をとるという考え方は、やっぱり私にとっては異質だ。
本当に今更ながら、ここは法治国家でほとんど命の危険がない日本ではないのだと実感する。
「おわっ、あっ、危ないなぁ! あぁ、わかった。君、グリーン家の三男でしょ? かわいい顔に油断すると酷い目に遭うって、もっぱらの噂の蒼炎の君」
男が子爵を抱えて地面に軽やかに降り立つ。
すごい。子爵、少なくとも体重100キロ近くはあるだろうに。
「どこでどう噂されていようが、それは僕の本意ではない。不本意かつ身勝手に付けられた名なんて不愉快なだけだ」
アルベルトが目をさらに鋭くさせて人指し指を下から上に持ち上げた。
男の足元から炎の柱が飛び出す。その異常な火力は男が避けたのが人外技に思えるほどだった。
「アハハッ、ごーまん! 若いね! 最初は驚いたけど、蒼炎の君、貴方にはただ瞬発的な爆発力があるだけだ。もう興味ないよ。───これは、ささやかな、お返しっ」
男が指を鳴らした。途端にアルベルトに複数の蛇が群がった。
ぎゃあああああ! へっ、蛇! ど、どどど毒持ってたらどうしよう!?
慌ててアルベルトに掌を向けて無効化を使う。
いや。使おうとした。
───あれ?
「どう、して……?」
複数の蛇は依然としてアルベルトに群がったままだ。それどころか全てが繋がって一匹の大きな蛇になった。
「使えない!」
焦る。さっきからずっと体が熱い。体の奥の何かが、いっぱいいっぱいだ。
「ぐっ……!」
アルベルトが大蛇に縛り上げられ苦悶の声をあげる。私はそれでさらにパニックに陥った。
「アル、アルベルト……!」
そんな私に見向きもせず、銀の男はわざとらしいほど恭しく子爵を降ろし、拘束していた縄をほどく。
「どうぞ、子爵。気を付けて」
「まったく、私を誰だと思っているんだ! 脇に抱えるなど、貴様でなければ不敬で打ち首にしてやるところだぞ!」
「それはそれは。精が出るね」
微笑む男の目に、私は嘲笑の色を見る。
あいつと子爵は仲間なんじゃないの? 男は、なんだか知り合う人すべてを嫌っているように思えた。
ポッテーリ子爵はフンと鼻を鳴らし、憎悪に満ちた目で私を睨んだ。
その底無しの暗闇に我知らずゾッとした。
「だが、まあいい。何せ、今私の手にはお前という剣と、小僧の生死の決定権があるのだからな!」
子爵が近付いてきたので、同じぶんだけ下がる。できるだけノックスとアルベルトから距離を取れる方向に。
パニックに陥ったはずの頭では、子爵に睨まれたことで少しだけ落ち着いた。
二人には逃げてもらうんだ。そうしたら、私が万が一捕まっても────きっと、レオンが。
あの憎たらしい上官は、多分自分のたてた誓いなら、守る。
「やってみろよ! 誰が、あんたの手にかかるもんか」
じりじりと後退ると、子爵と共に男も歩み寄ってきた。
嫌っていても、一応子爵を守るつもりはあるらしい。
「おい、小僧を捕まえろ!」
ポッテーリ子爵が私に向かって指を突き付け、唾が散るほど怒鳴る。それに、男は肩を竦めた。
「いいよ。ボク、あの子欲しいし。……でもね?」
男が微笑んで、首を傾げる。子爵の口元についと指が一本だけ伸びた。その所作だけを見ると見惚れるほど美しいのに、その冴えきった美貌から発せられる空気が痛いほど殺気を帯びていた。
「忘れないで、ポッテーリ子爵。ボクはお前の手下じゃない。命令されるから動くんじゃないんだ。だから、めったなことは、口にしてはいけないよ?」
ポッテーリ子爵がガタガタ震えながらもなんとか頷く。
この時、私が動けたのはひとえに『二人から離れなきゃ』という、半ば強迫観念に似た思いからだった。
だから、私は、無意識に避けていた事態が起こって、怒りが湧いた。何よりも、私自身に。
「ねぇ、ハルキ? だから、君も、逃げようなんて考えないで。じゃないと、彼が、死んでしまうよ」
ハッとしてアルベルトを見る。大蛇がアルベルトに絡まったまま、その大きな口を開けて今にも噛みつこうとしていた。
ゾッとする。そして怒りがわく。
どうして、蛇を、もっと何とかしようとしなかったんだろう。あの男が直接的ならず間接的にも手が出せないように、もっと考えればよかった。
唇を噛み締める。
アルベルトを、人質に取られるなんて。私は、馬鹿だ!
「……どうして、名前を……」
「この子も馬鹿だね。君の名前なんて、君達の間で何度も飛び交ってたのにね? どうせいずれはわかることだしさ」
そういえば思いっきり名前言ってたーー!
私は愕然とする。ノックスはハルキって言ってたし、アルベルトはクラモチって呼んだ。
がっつりフルネームでバレちゃってるじゃないの!
いや、名前がばれるとどうなるとか、よくわからないけど、情報がばれてるとなんだか不味い気がする! 主に今後、うまく逃げ出した後、こいつがまた襲撃をするかもしれない可能性の点で。
「ね、来てくれるでしょ?」
パニックでいつまでも返事をしない私に、男が微笑んだまま指を鳴らす。大蛇がアルベルトに噛みついた。
「っ、ぅああ!」
「! アルベルト! やめて! わかった、行くから!」
そう叫んだ私に、男が笑いかける。
「いい子だね。おいで」
男が差し出した手を掴まずただ側に行く。
意地でも手なんか握らない。
それでも恐怖で震えている私を見て、男が初めて笑顔以外の顔を見せた。それは、ともすれば、悲しそうにも見えた。
「大丈夫。ボクは君に興味があるし、君がボクに従う限り、君を殺したりしないよ。今は無理矢理だけど、必ずボクについてきてよかったって、思わせてあげる」
男の伸ばした手が頬に移る。
ビク、と体が竦んだ。
まるで玩具に付いた泥を擦り落とすように、男は強く頬を擦った。
「……それとも、この銀の色を、君も嫌うの?」
そのまま顎を掴まれ、上を向かされる。
男の目が、暗い光を帯びていた。顎を掴まれているだけなのに、まるで刃物を押し付けられているような気がした。
でも、私は。ただ震えているだけなんて、柄じゃないから。
荒っぽい動きに睨み返し、私は言い返した。
「それは、自分がウツクシイという嫌味かコルァ!」
長い……! おそらく、次で話が進められると思うので、もう少しお付き合いください!




