99話 子ども家庭庁の権力
校長先生と面談した日を境に、学校の雰囲気が急に変わった。
以前までは、主人公が廊下を歩いていると、何人もの女の子が声をかけてきた。
「体調はもう大丈夫?」
「記憶、少しは戻った?」
「今度、一緒に帰らない?」
「あの女、性格悪いわよ。早く別れなよ。後悔するわよ。」
彼女がすぐ隣にいるにもかかわらず、遠慮なく話しかけてくる女の子も少なくなかった。
中には主人公の腕をつかもうとしたり、露骨に彼女を無視したりする者までいた。そのたびに彼女は不機嫌そうな顔をし、主人公は二人の間に挟まれて困っていた。
ところが、校長先生との面談が終わった翌日から、そのような女の子たちの態度が急に変わった。
主人公が廊下を歩いていると、前方にいた数人の女の子がこちらに気づいた。
いつもなら、そのうちの一人くらいは笑顔で近づいてくるはずだった。
しかし、その日は違った。
「あっ……」
一人の女の子が主人公の顔を見るなり、表情をこわばらせた。
すると、隣にいた女の子の腕を引っ張り、慌てて廊下の端へ寄った。
まるで危険人物を避けるように、大きく距離を取ったのである。
主人公は思わず立ち止まった。
「なんだ、あれ?」
隣を歩いていた彼女も、不思議そうに女の子たちを見る。
女の子たちは主人公と目が合うと、すぐに顔をそらした。
それだけではなかった。
そのうちの一人は、青ざめた顔で小さく震えながら、何度も同じ言葉をつぶやいていた。
「神の世界には行きたくない……」
「絶対に行きたくないよ……」
主人公は耳を疑った。
神の世界。
この世界では、選ばれた者が送られる特別な場所だと教えられている。
しかし、女の子の怯え方は、旅行や名誉ある役目を嫌がっているようには見えなかった。
まるで、そこへ送られることが死ぬよりも恐ろしいことだと知っているような顔だった。
「俺、何かしたか?」
主人公が小声で尋ねると、彼女は首を横に振った。
「知らない。昨日までは普通だったよね」
二人は首をかしげながら、その場を通り過ぎた。
だが、同じような出来事は、それから何度も続いた。
教室へ入ると、主人公の近くで話していた女の子たちが急に黙り込んだ。
休み時間に廊下へ出ると、前から歩いてきた女の子が慌てて別の階段へ逃げていった。
昼休みには、主人公の隣の席に座ろうとしていた女の子が、彼女の姿を見た瞬間に弁当を抱えて立ち去った。
その動きはあまりにも素早かった。
まるで避難訓練でもしているかのようだった。
「なんか最近、みんな私たちを避けてない?」
彼女が不満そうに言った。
「避けてるというより、怯えているように見えるけどな」
「私、そんなに怖い顔してる?」
彼女は自分の頬を触った。
主人公は少し考えてから答えた。
「機嫌が悪いときは、それなりに」
彼女ににらまれ、主人公は慌てて前を向いた。
しばらくして、女の子たちが主人公たちを避ける理由が分かった。
昼休み、主人公が一人で教室へ戻ろうとしていると、階段の踊り場から小さな話し声が聞こえてきた。
「本当に言われたの?」
「うん……。もう主人公と彼女に近づくなって」
「それだけ?」
「それだけじゃないよ」
女の子の声が震えていた。
「次に彼女をいじめたり、主人公に余計なことをしたら、神の世界へ行くことになるかもしれないって……」
主人公は思わず足を止めた。
話していたのは、以前、彼女を無視したり、陰口を言ったりしていた女の子たちだった。
「誰に言われたの?」
「こども家庭庁のおねえさん」
その言葉を聞いた瞬間、主人公はすべてを察した。
校長先生との面談には、主人公の特別授業を担当している、こども家庭庁のおねえさんも関わっていた。
どうやら面談の前に、彼女は主人公にしつこくちょっかいを出していた女の子や、彼女をいじめていた女の子たちを、一人ずつ呼び出していたらしい。
そこで何を言ったのかは分からない。
ただ注意しただけなのか。
それとも、本当に神の世界へ送る権限があるような言い方をしたのか。
女の子たちの怯え方を見る限り、優しく注意しただけではなさそうだった。
主人公はその日の放課後、彼女に事情を説明した。
「やっぱり、こども家庭庁のおねえさんが原因だったみたいだ」
「何をしたの?」
「俺に近づくな、君をいじめるなって脅したらしい」
彼女は少し驚いたあと、腕を組んだ。
「それで急にみんな大人しくなったんだ」
「神の世界へ送るって言ったみたいだぞ」
「えっ」
彼女の表情が引きつった。
主人公も頭を抱えた。
彼女へのいじめがなくなったことは、素直にありがたかった。
主人公にしつこく近づいてくる女の子が減ったことで、彼女と口論になることも少なくなった。
しかし、その方法があまりにも物騒だった。
普通なら、先生が注意したり、保護者を呼んで話し合ったりするはずである。
それなのに、こども家庭庁のおねえさんは、国の恐ろしい制度を利用して女の子たちを黙らせたらしい。
「守ってくれたのはありがたいけど……」
彼女が困ったように言った。
「やりすぎだよね」
「完全にやりすぎだ」
「でも、いじめはなくなったよ」
「結果だけ見ればな」
「主人公に近づいてくる女の子も減った」
「それは少しうれしそうだな」
「そんなことないよ」
彼女はそう言ったが、口元はわずかに緩んでいた。
主人公はため息をついた。
翌日も、主人公たちを見ると逃げる女の子がいた。
中には主人公とすれ違うだけで、深々と頭を下げる者までいた。
「お、おはようございます!」
「同級生だよな?」
「失礼します!」
女の子は主人公の返事も待たずに走り去った。
主人公はその背中を見送りながら、再び頭を抱えた。
彼女を守ることには成功した。
しかし、その代わりに主人公と彼女は、学校中から触れてはいけない危険人物のように扱われるようになってしまった。しかも、家に贈り物が届くことや変なメールが届くことは一切なくなった。
主人公は心の中で思った。
こども家庭庁のおねえさんには、二度と誰かを注意させてはいけない。
あの人に任せると、注意ではなく国家規模の脅迫になってしまうのだから。




