92話 彼女がいじめられていた
学校へ通い始めて数日後、主人公は彼女の様子がおかしいことに気づいた。
休み時間になっても、彼女の周りには誰も近づかない。
彼女がクラスメイトに声をかけても、聞こえなかったふりをされる。昼休みも一人で弁当を食べ、グループを作る授業では、いつも最後まで取り残されていた。
それだけではなかった。
持ち物がなくなったり、上履きがごみ箱に捨てられていたり、机の中におもちゃのゴキブリを入れられていたりすることもあった。
「これ、誰にやられたんだ?」
主人公が尋ねると、彼女は笑って首を振った。
「大丈夫。たいしたことじゃないから」
どう見ても大丈夫ではなかった。
主人公が彼女と付き合い始める前までは、こんなことはなかったらしい。
つまり、いじめの原因は明らかだった。
――主人公の彼女になったからだ。
主人公はクラスメイトたちに聞いて回った。
しかし、誰も何も知らないと言う。
「私は関係ないよ」
「見てないから分からない」
「それより、あの子とは別れたほうがいいと思うよ」
「あんなデカい女の、どこがいいの?」
「あの女、趣味が最悪よ。付き合っていたら、あとで絶対に後悔するわ。今すぐ別れなさい」
最後に余計な一言を付け加える者までいた。
主人公は数日間、誰がいじめの中心になっているのか注意深く観察した。
やがて、彼女への嫌がらせが行われる直前には、必ず同じ女子生徒が誰かに声をかけていることに気づいた。
その女子生徒はクラスでも目立つ存在で、周囲にはいつも何人もの取り巻きがいた。
放課後。
主人公はその女子生徒を、誰もいない教室へ呼び出した。
「彼女へのいじめを指示しているのは、お前だろ」
女子生徒の表情が、一瞬だけ固まった。
「何のこと?」
「知らないふりをしても無駄だ。誰に何をさせたのか、だいたい分かっている」
主人公が具体的な名前と嫌がらせの内容を口にすると、女子生徒は黙り込んだ。
しばらくして、彼女は苛立ったように机をたたいた。
「だって、あの子があなたの彼女になるなんて、おかしいじゃない!」
「それが、いじめをしていい理由になるのか?」
「みんなだって同じことを思ってる!」
「本当にそうか?」
主人公は教室の扉を開けた。
廊下には、あらかじめ呼び出しておいたクラスメイトたちが立っていた。
女子生徒の顔が青ざめる。
主人公が一人ずつ確認すると、クラスメイトたちは気まずそうにうつむいた。
「私は……やりたくなかった」
「断ったら、今度は自分が無視されると思って……」
「彼女と話しただけで、裏切り者扱いされたから……」
どうやら、ほとんどの生徒は主犯格の女子を恐れ、仕方なくいじめに加わっていたらしい。
もちろん、それで許されるわけではない。
だが、全員が心から彼女を憎んでいたわけでもなかった。
主人公は、主犯格の女子をまっすぐ見つめた。
「今後、彼女に少しでも何かしたら、先生だけじゃなく、全校生徒にお前がしたことを全部話す」
「そんなことしたら、私が……」
「自分がいじめられるのは怖いのか?」
女子生徒は何も言い返せなかった。
誰かに命令されれば、嫌がらせだと分かっていても従ってしまう。
この学校には、そういう人間があまりにも多かった。
主人公はみんなの前で、彼女のほうを見た。
「彼女がいじめられることがあったら、いつでも俺が守るから」
「……っ!」
突然の言葉に、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいた。
次の瞬間。
バシッ!
主人公の肩に平手が飛んできた。
「痛っ! なんで叩くんだよ!」
「うるさい!」
「でも、顔真っ赤なのもかわいいな」
「言うな!」
今度は蹴りまで飛んできた。
「痛い痛い! 守るって言った直後に彼女から攻撃されてるんだけど!?」
その光景を見て、周囲のクラスメイトたちは思わず笑い出した。
張り詰めていた教室の空気が、少しだけ和らいだ。
彼女も恥ずかしそうに顔をそむけながら、それ以上主人公を蹴ることはなかった。
これで、ひとまずいじめの問題は片づいた。
――だが。
主人公の胸の奥には、以前から感じていた嫌な予感が残っていた。
むしろ、その予感は日に日に強くなっている。
そして主人公は思い出す。
もうすぐ――あれがある。
避けることのできない、その日が近づいていた。




